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2015年4月

2015年4月27日 (月)

山での地震は恐ろしい(今日はMロックだぁ)

ネパールで大きな地震が発生し、カトマンズや各地で甚大な被害だと報じられている。エベレストBCでも大きな雪崩が起りテントが吹っ飛び多くの犠牲者が出た。

クラブ雲峰隊がプ・モリ峰を登頂した時のBCを置いたチャングリシャー氷河の大崩落でカラパタール付近に居たトレッカーも安否も定かではないとの情報もある。 

来年にヒマラヤ遠征を控え、現地でのブリーフィングに6月出発する予定の高ちゃんも現状が把握出来ず、全く見通しが付かない状況となった。 

兵庫県山岳連盟隊のアンナプルナ内院もどうなるかなぁ。

昨年の5月に明神岳東稜で我々は奥飛騨地震に遭遇し肝を冷やした事を思い出した。

これがその時の記録です。

「あの地震は怖かったぁ!」

トっちゃん、キジ撃つな!←クリック

4月26日(日)今日はMロックの整備がほぼ完了したお披露目クライミングとなりました。大勢のメンバーが集まり賑やかな一日だった。

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ご覧のように13名も集まってMロックは活況を呈しています。

「これだけ集まったら壮観やね、最近のクラブ雲峰は凄い事になってるで!」 

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こちら「緑の魔境左ルート」で一人黙々とドリリングを続けるトっちゃんです。

本当にご苦労様でした。

「それにしても難しいルートをセットしたなぁ、俺にはとても登れんわ」

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角砂糖に集る蟻ンコみたいです。

「市ッちゃん、次は俺の番やで、登らせてくれ~」

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昨日、シューズとハーネスを買ってきて今日が初クライミングとなる「ダーワ君」

ナオキ指導員から熱血指導を受けておりました。

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「緑の魔境右ルート」を登る私とハイグレードの左ルートに挑むナベちゃん。

「下から見られてると緊張しますなぁ、落ちられへん」

食中毒で体重が4kgも減った私は、

「体が軽いわ、思わん減量の成果や、THIS IS 怪我の功名やね」

楠兄がぬかしやがった、

「あっ、A0や! どうじゃ俺はフリーで登ったぞ!」

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椎間板ヘルニアで苦しんでいたハタちゃんも登ってます。大腸ポリープを取ったH師匠も元気な姿を見せた。

痛みに耐えて頑張ってる、本当にフリークライミングが好きなんですね。

「君達の頑張りには頭が下がります」

4月25日(土)は神戸市教育委員会からの要請で神戸市少年団の六甲山ミニ縦走Aコースの支援に出掛けました。

神戸市内の小学生がABCの3コースに挑むのをサポートするのです。

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Aコースは須磨浦から長田神社まで歩きます。

小学生40名に引率の先生方を入れて50数名が08:30に山電須磨浦駅前に集合しました。

静かに礼儀正しく注意事項を聞いています。

「お利口さんやね」

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隊列から遅れた生徒をサポートしながら最後尾を歩きました。先行するクラスが馬ノ背を通過しているのが見えています。10分は遅れているようです。

高取山の登りで何と引率の先生の足が止まりました。両足の脹脛が攣って動けないのです。

インカムで先頭にいるスタッフにサポートして進む旨を伝えました。何とか高取山頂まで上がったのですが、そこで完全に行動不能となりました。

水分補給と携帯している医療品から「芍薬甘草湯」を服用してもらい、私のダブルストックを使い表登山道をユックリと下ります。

インカムで手伝いに参加してくれているMッチに連絡、

「Mッチ、遅れてるから長田神社への道筋が解らん、サポートのサポートに来てくれや!」

やれやれ、暑い中、大変な一日でした。

今日のザックには水4リットルと食い物や医療セット等で10kg程の負荷を掛けました。

「もう直ぐ、穂高へ入るからベストな体調に戻さんとな」

焦りがあるんです。

食中毒からの回復も順調なようで思ったより楽に足が動く、

「頼むで、この調子やぞ!」

2015年4月20日 (月)

皆さんお元気ですなぁ(芦屋~有馬)

4月18日(土)に松田、清瀬の両大先輩と宗實夫妻に高ちゃんが加わって芦屋から六甲最高峰越えに出掛けたとの報告と写真が送られてきました。

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コースは

芦屋川~ロックガーデン~風吹岩~雨ヶ峠~東おたふく山~蛇谷北山~石の宝殿~最高峰~魚屋道~有馬温泉

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松田さんは風吹岩から岡本へ向われました(気持ちは昔のイメージが・・・)

清瀬さんは痛めている右足の調子を確認しながら頑張っていました。

宗實夫妻は相変わらずお元気です。奥さんが松田さんに、

「昭和9年生まれなの?まだまだ大丈夫よ」

やて、さすがは最強夫婦ですね。

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先輩方のお元気な姿に力を貰ってます。

我々も負けずに頑張って行きますね。

雨が降ったらハングが有るさ(雪彦山三峰)

今週こそはと地蔵正面壁に向った面々、トっちゃん、マアちゃん、ナオヒデくん、市ちゃん、ナベちゃん、楠兄やんでした。

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しかし、山はご覧のような天気です。麓の坂根部落は雨雲に深く沈んでいます。

雨の中でも登れるルートは?

「被った壁やハングやなぁ、昔は雨が降れば出雲岩を登ったもんやった」

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ここなら庇の下ですから雨は大大丈夫です。

「今日はビッチリとアブミに乗ってもらうでぇ」
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「雨なら雨なりに色々と考えてますなぁ、ホンマに昔と同じような事してるんや」

凄い連中ですわ。

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三峰はどうやら貸切りみたいやね。周囲の山々はガスに霞んで天候の回復は望むべくもない。

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こう云う状況下になると招かざる客が現れるんです。今年も出ましたなぁ。

最近は蛭の生息エリアが広がりつつある。以前は出合った事が無かった比良山系の沢筋、鈴鹿山系も生息域になってる。野生鹿の増加と密接な関連があるんですね。その内に六甲山系や近郊にも出るかもね。

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4月18日(土)は兵庫県山岳連盟の定時総会でした。ナオヒデ代表も出席しています。

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新年度の常任理事が集まりました。この席で担当する委員会の役職が確認されました。

新たに常任理事となったナオキ君は指導委員会担当となりました。

「頑張って下さいね。若手、若手と皆から期待されてますよ」

「俺って若手ですか?」 

現在、私は散々な目に遭い寝込んでいます。4月17日(金)に総会と50周年記念会の総括を三ノ宮で行う事にしていたのです。

その当日の朝の事でした、朝食に家内が出してきたのが保存期間を1ヶ月以上も過ぎたハムの残り物でした。何か変やなと思いながらも腹が減っていたこともあり一気に食ったのですが、数時間後に地獄のアゲサゲが始まり立つ事も出来ません。強烈な脱水症状も出て意識もボヤけました。

「あかん、ホンマにこれはヤバい、漏れる、痛い、死ぬう」 

倒れ込んで苦しんでる俺を見て、外出から戻った家内の一言、

「あら、何で会議に出掛けへんの?今日は晩御飯要らん筈でしょ」 

これって無神経にハムを出した嫁が悪い?それとも食った俺が悪い?どっち。

何と二日間で体重が4.5kgも減ってます。5月山行までに体力を戻さんとね。

2015年4月15日 (水)

神戸新聞に掲載された記事です。

2015年(平成27年4月14日)火曜日の朝刊にクラブ雲峰創立50周年の記事が掲載されました。

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記事を書いた土井記者は楠兄の知人だそうで、

「俺の所属する山岳クラブが創立50周年やねん」

ここから話が進んだようだ。

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クラブ雲峰より歴史ある山岳会は他にも存在する。その中で「クラブ雲峰」

を取材し記事として掲載して頂けるのは有り難い事です。

ナオヒデ君、トっちゃん、私と写真まで撮られました。

「爺さんが3人並んでも絵にならんね」

この掲載記事はクラブ雲峰創立50周年の良い記念となりました。

神戸新聞ならびに編集局経済部の土井秀人記者に心より感謝致します。

「ありがとうございました」

賑わっていた御着の岩場

4月12日は雪彦山地蔵正面の登攀となっていました。しかし4月10日の金曜日はかなり激しい雨、土曜日は朝まで雨が残った。この日は妙号岩で基礎講習会を開くとしていたので小雨の残る中を出掛けました。

岩はビッショリと濡れ、クラックからは水が滲み出しています。今日の講習内容はクライミングよりはフリクションヒッチ、オートブロック、クローブヒッチ、ムンター、マッシャ―とカタカナ用語の多き事、ややこしい。

またアッゼンダーをどう使うか覚えてもらいます。(妙号で乾いている壁はありませんでした)

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今日の妙号岩参加者は私、トっちゃん、高ちゃん、ユキオ君、市ちゃん、亀ちゃん、リョウさん、西シャンの8名です。

「明日の雪彦地蔵正面は中止とします」 トっちゃんから変更指令が出ました。

「この雨の量では岩のコンディションは良くないやろな」との判断です。

「明日は御着の岩場にするわ」

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4月12日(日)御着へやってきました。東面に行きましたが数パーティーが取り付いていました。南面に回りましたが、ここにも数パーティーが居ます。南面の左端を2本登って場所を移動しました。

「まだ奥にも壁があるから、そっちへ行こうや」

その南西面の壁は腐ったフィックスのあるスラブを下った先にあります。

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何せ初見ですから取りあえず登ってみます。

「ここは割と簡単で面白いよ」

ラッペルステーションまで25m位の高差でスローパーの多い壁です。

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「おーい、ユキオ!腹がつかえてるぞ!」

市ちゃんもリードで頑張ってます。

かなりクライミングの感覚を取り戻しています。

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この黒いスラブが曲者です。さすがのマアちゃんも慎重に登っています。

「俺、緩傾斜が嫌いやねん、落ちたら当るもん」

本日の最難関課題でした。後続の面々も、

「A0でもシンドイわぁ」

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こうしてガヤガヤと賑やかに集まって登る姿を眺めていると昔の雲峰を見ているような錯覚に陥ります。

総会も50周年記念式も無事に終えての翌週です。実

に良いスタートが切れた。

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4月に転勤となったMッチも元気な顔を出してくれました。

「早い事、新職場を束ねて、山へ戻る時間を作れよ」

こうして新年度の活動も始まりました。代表そして運営委員の皆さん、また役員の皆さん、

今年も宜しくお願い致しますね。

2015年4月 6日 (月)

クラブ雲峰は創立50周年を迎えました。

我がクラブ雲峰が創立50周年の節目の年を迎えました。1966年の春に発足して半世紀、思えば随分と長い登山活動でしたね。

昭和40年代の発足当時は3人寄れば山岳会と云うような団体が雨後の筍のように乱立しては消えて行った時代でした。その中に有って確固たる信念と情熱とを持ち、新生クラブを立ち上げた先輩諸兄の意欲たるや凄まじいものがあったのです。

クラブを頭に付けた名称は当時は珍しいものでした。殆んどが○○山岳会だったなぁ。雲峰とは台湾中央山脈荖濃渓の奥に実存する山の名前なのです。この辺からしてマニヤックでしょ。

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久し振りに会う仲間も居ます。古希を迎えても現役クライマーとしてトップを引く元気者、ヒマラヤを目指す者、長いブランクを経てクラブに復帰した者、新旧アルピニストが集ったの感がある。

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創立50周年の祝宴は12:00に始まりました。中華オードブルや上にぎり寿司と本日は特別豪勢な宴会となっています。クラブ雲峰にはフレンチやイタリアンのオーナーシェフが居ます。彼等からお祝いのシャンペンやワインが届いておりました。

「これだけでは足らんかもなぁ、幹事さ~ん、追加をお願いしま~す」

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メインエベンターで足立君が登場しました。今日のパーティーで演奏をしてくれと無理を頼んでいたのです。彼は教師でもあり、南米フォルクローレの演奏家でもあります。ケーナ、サンポーニャ、チャランゴ、見事な演奏です。また彼の手に掛かると何でも楽器になります。左側は竹ほうきを使った笛、右は浮き袋を利用した、その名も「ウキレレ」 口には漏斗まで咥えています。

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大盛り上がりで彼のミニコンサートは拍手喝采でした。「マエストロ足立」で検索すれば彼の活動を見ることが出来ます。ボランティアで各地を慰問している足立君、クラブ雲峰には色々な特技を持つ人が居るんです。プロの画家、真剣を持った居合道の師範、面白いでしょ。

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クラブ雲峰の初代代表植田先輩や松田元代表の言葉をシッカリと胸に刻みました。50年前のご苦労を聞けば歴史を受け継ぐ我々の責務の重さをヒシヒシと感じる。

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次代を背負ってくれる後輩達にクラブ雲峰イズムの継承をしよう。
我々も良き先輩となって何年後かに後輩の前で語りたいものだ。

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何とか頑張って創立50周年に間に合った記念誌です。表紙にはプ・モリ峰を使いました。クラブ雲峰の想いが詰まった峰です。

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会員全てに投稿を依頼しました。その文面からはクラブ雲峰に寄せる熱い思いが伝わってきます。苦労しても作って良かったと感じる記念誌です。

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古い写真も探し出して掲載しました。若かりし頃の思い出が蘇えります。

創立50周年は新たなる出発点でもある。これからもクラブ雲峰が創立の主旨である

「山を愛し、自然を友とし、共通の目的を持って、より高く、より困難を求め、登山技術の習得を目指し、その過程に於いて人間性の向上と会員相互の親睦を図る」

これを忘れず、クラブ雲峰の精神が不変であり、より長く受け継がれて行く事を切に願います。

藤木九三翁の短歌

みそなはす 神こそいませ ひた吹雪く この頂きに立ちたる我を 

いつも誰かが見守ってくれているんやぞ!頑張ろうや!

 


 


 

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