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2014年8月22日 (金)

トモミツ縫工の記事が「岳人」に。

山岳雑誌「岳人」9月号が郵送されてきました。 

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神戸登山研修所には創刊当時の「岳人」や「山と渓谷」が収蔵されています。
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「岳人」は昭和22年に京都大学山岳部の有志に依って創刊されました。

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神戸登山研修所にはこれ以外にも多くの貴重な山岳関係蔵書があります。しかし阪神大震災で破損散逸してしまった蔵書も多く、現在もその点検とデータベース化や修復が続いております。

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昭和24年には中日新聞からの発刊となり、以後、多くの山屋に愛読されてきました。

その「岳人」には我々の記録も幾度か掲載され、その数冊は青春の記念として私の書棚に今も並んでいます。

記録記事を書き、送られてきた原稿料はキッチリと税金10%が差し引かれていたのを思い出す。

まさか「岳人」が休刊の危機にあったとは知りませんでした。

7月のある日、自宅に一本の電話が入りました。

(株)ネイチュアエンタープライズという会社からでした。モンベルの系列会社であり、今年の9月号から「岳人」を中日新聞から引き継ぎ発行するとの事だった。用件はその掲載する記事にテントの歴史を取り上げ、トモミツ縫工と友光さんの事を書きたいので資料の提供をお願いしたいとの要請でした。

テントの歴史を塗り替えた名匠が逝った ← クリック 

このブログ記事も読まれたようです。

後日、仕事で大阪に出たので西区のモンベル本社に寄り、編集者と面談しました。 私が保管していた初期モデルのトモミツ(ダンロップ)テントを資料として写真撮影するため貸与しました。

 そして出来上がったのが、この新生「岳人」です。

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表紙を飾ったのは畦地梅太郎画伯の版画です。

 余談ですが愛媛松山に勤務していた頃、足繁く通っていたBARの壁に畦地版画が何点も掛けてあって、まるでアートギャラリーで作品に囲まれ飲んでいるようだった事を思い出した。畦地画伯は宇和島の出身で、どうやらママは同郷だったんでしょう。

 「これだけ飲んだんやから一点くらいは呉れても良いやろ?」

キッチリと断られました。そらそうやろね。確か、作品は涸沢ヒュッテにも飾ってあったような?

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今後も連載されるこのコーナーの第一回が「山岳テント」でした。

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このテントがトモミツテントです。状態良く綺麗に写ってますね。

保管しておいて良かったわ、出番が有ったんですなぁ。

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このページにトモミツ縫工(故友光幸二氏)に関する記載が有りました。短い紹介記事ですがテントの歴史を塗り替えた偉業は感じ取れますよね。

 

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この「岳人」は神戸山岳会のN氏にお願いして友光さん宅にお届けし、仏前に供えられました。

若手諸君!神戸が近代登山の発祥の地であり、藤木九三氏(芦屋ロックガーデンの命名者で我が国に於けるロッククライミングの先駆者)、加藤文太郎氏(単独行で有名)、を輩出し、また山岳史に名を残す名匠友光幸二氏が居た事を再認識して下さいね。

 

 

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