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2013年3月 1日 (金)

大腸内視鏡検査騒動記(クーッ痛かった!)

事の起こりは昨年12月半ば頃だった。風邪で咳が止まらず、近くの内科医院を受診したのです。処方された抗生剤で風邪は完治したかに思えた。しかし、そこから下痢が止まらなくなり、汚い話ですが、固形として出る事が全く無くなったのです。

再受診すると、

「抗生剤で腸内細菌の善玉も悪玉も全てが居なくなって、腸内環境が変わったんでしょうね、ヨーグルトや乳製品を多く摂りなさい」
言われるまま、ヨーグルトや乳製品を素直な私は食い続けました。1月が過ぎ、2月となっても腹の具合は好転しない、山に入っても飯を食わない、そんな日々を過ごしていた。
「そんなん、専門の消化器内科で診てもらえば良いやんか」
家内や娘に尻を叩かれ、大きな病院へと出掛けたのです。
問診があり、CTも撮って、血液検査も終えた。
「診る限りでは大きな病変は診受けられませんね、内視鏡検査をしましょうか」
「ええッ、内視鏡って、おケツから棒を突っ込むアレですよねぇ~」
「ついでに胃カメラもやりましょう」
「ワオーッ、上下から攻められるんかいな、キツイのう!」
数日後に恐怖の検査予約日がやって来た。
大腸内視鏡検査の大ベテラン?のコッチャンや経験者のMッチ、古チャンから体験談を聞いて腹を括った。
「大した事ないって、麻酔を掛けてもらったらボヤーッと眠ってる間に検査は終わるから」
検査3日前から食事制限に入り、前日は早めの軽い夕食となった。
緊張した面持ちで消化器センターに行くと、1.8リットルのボトルとコップを渡された。
「これを1時間掛けてユックリ飲み切って下さいね」
「成程、これが問題の下剤やな、それにしてこの量は半端やないぞ」
味はスポーツドリンクそっくりで美味くも不味くもない。
やがて頻繁にトイレへの出入りが始まった。
この日の被験者は6名程、トイレは2室だけだ。
当然、熾烈なウンチングルーム争奪戦となる。
「看護師さ~ん、見て下さ~い」
「まだ駄目です、もっと綺麗?に透明にならないとね」
何と排泄物チェックを受ける事7回目にして、やっとOKサインが出た。
検査着に着替えて台に上がりました。肛門部分が丸く切り取られた紙パンツを穿いています。
「それでは麻酔を始めますね」
この声を聞いてから後の事は記憶にありません。何がどのように行われたのか、全く覚えていないのです。
「あのーすみません、検査はもう始まりますかね?」
「もう1時間前に検査は全部終了していますよ」
「???・・・・・そうですか」
大腸内視鏡も胃カメラも既に完了していたのです。
「なんや、内視鏡検査って楽勝やなぁ!」
Img
検査が始まる前に看護師さんから。
「今日は付き添いの方はどなたかご一緒ですか?」
「いえ、私は一人で来たんですけど」
説明によると麻酔(軽いものらしい)をすると、醒めても逆行性健忘と酷似した状況となるので検査後の説明もスッ飛んで記憶に残らない事があるとの事であった。
「今から呼んでも奥様はお忙しいお方ですので無理ですし、私に説明をお願いします」
説明は聞いたような聞いてないような、検査後の注意事項を記載した小冊子を貰って帰宅したのですが、どうやって帰ったのか今も記憶が抜け落ちている。
消えた記憶を必死に辿ってみると、ポリープが大小2個あり、これを切除した事は理解出来た。
帰宅して家内に、
「あ~腹減ったぁ、飯を作ってくれや、消化の良い物を!」
その夜は軽く夕食を、翌朝もトーストと紅茶を摂った。
朝から仕事に出掛け、帰りにコッチャンと車の内装資材を探しに行った。駐車場で車に棚を付けていて腹部に違和感を感じた。
「腹痛いなぁ、内視鏡検査後って、こんなもんやろか?」
でも、コッチャンは痛みが出る事は無いと言っていた。
夜中になり日付も変わろうとしていた。腹痛は治まらず酷くなる一方でとても眠るどころではありません。
自室で唸っていると、看護師をしている娘が異変に気付いた。
「お父さん、何でもっと早よ言わへんのよ!大変やわ、これはアカンで!緊急事態やんか!」
急ぎ検査を受けた病院に駆け込んだのです。小冊子には出血や腹痛が出たら夜間でも受診するようにとの記載があったのです。
真夜中に担当医師やCT検査技師が呼び集められました。
CT検査の結果は大腸に小さな穿孔が出来ており炎症を起こしていると判明しました。そして緊急入院での治療となってしまいました。
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そして、とうとう、ご覧のような管付きの憐れなる姿となったのです。
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丸4日間と云うもの絶食は本より水の一滴も飲めませんでした。一方では24時間ブッ通しで数日間に亘り点滴が続きました。抗生剤の連続投与で炎症を抑えているのだそうです。
大きなポリープを切除すれば薄い腸壁に潰瘍状の傷が出来るそうです、その傷をクリップで固定するのですが腸の蠕動もあり術後に穿孔が起こる事が間々あるのだと聞きました。
正に私の場合はこれに該当したようです。ピンホールから腸内ガスや細菌が漏れて炎症を起こしたのです。
コッチャンが”安静にしろ”、”食い物に注意しろ”、と何度も言っていた意味を初めて理解したのです。
絶食から4日目に出された最初の食事は原型が何であったか全く判別不可能な得体の知れぬ流動食でした。
丁度、見舞いに来てくれていたTちゃんは食器の蓋を開けて大笑いしています。
「オオッ、これはお粥やな、これはカボチャやね、それにしてもおかずまで、見事にドロドロやなぁ!」
「笑うなや、これを舐めるように俺は食うんやぞ!」
長いような短いような1週間の辛い入院生活を耐えました。
手遅れとなれば三途の川を渡渉だ、良くても大腸の開腹手術は免れない。間一髪のところで助かった。
「危なかったぁ、何とか来週に挙げる娘の結婚式には間に合った」
そして、Tちゃんは云う、
「Kチャンの人生はツイてる、ラッキーでエエ人生やったで!」
「それは俺が死んだ時に言ってくれ、まだ生きとるわい!」
どうぞ、皆さんもこの体験談をご参考にしてご注意を!
侮る勿れ、大腸内視鏡検査(大腸ポリープ切除)である。
             (後日談)
細胞検査の結果、切除したポリープから癌が見つかったと知らされた。そう告げられても大して驚きませんでした。
「やっぱりな、俺も癌になるんや、仕方ないなぁ」
でも、ほんの初期であり、切除したので問題無いとドクターは言う。
「来年、また検査しましょう、それで再発が無ければ大丈夫です」
進行していれば転移して深刻な状況になる。それを思うとゾッとする。健康診断の潜血検査でも異常がなく、大腸癌など思いもしなかったのに下痢から始まった今回の騒動だ、この段階で大腸癌を発見したのはラッキーだった
自らの体調に異変を感じたら迷わず受診しましょう

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