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2013年3月

2013年3月24日 (日)

オールドクライマー集合せよ!

「3月23日(土)は百丈岩へ集まろう!」

呼び掛けてみました。
Img_0229003集まってきましたオールドクライマー達が、メンバーの年齢を平均するとオーバー還暦となります。
「オッと、妙齢なる女子が居りましたね、これは失礼をば致しました」
高ちゃん。古ちゃん、ザコッペにすれば数十年振りとなる百丈岩クライミングなのです。
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朝方は今にも泣き出しそうな空模様でしたが、取り付き点に向かう頃には薄日が射し、春の暖かさを感じる絶好のクライミング日和となった。Img_0231001_3まずは西壁を攀り、中央ルンゼを下降した。西壁のアンカーから懸垂する予定でしたが、そのルート上で他のパーティーがレスキュー訓練を行っており、K君、ザコッペも取り付いています。
Img_0232002_4ザイルを投げると落石を誘発しそうで怖い。リスクを避けてザイルをループして手繰り出しながらの懸垂とした。

 

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百丈岩中央稜の山頂はこんな所です。岩陰には遭難慰霊碑があります。
Img_0258001数十年振りの百丈岩中央稜です。古ちゃんは感慨一入と云った感じですね。
「新旧クライマーが並んでいる所は絵になるで!」
「時の流れを嫌でも感じるね」
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そうそう、この爺さん二人を忘れてた。
トっちゃんは今も雲峰をリードする現役クライマーです。
そして高ちゃんは数十年振りに百丈岩に戻ってきたのです。
二人が喋っております。
「トっちゃん、台湾雪山南壁初登攀の頃よりクライミングが上手なったなぁ、凄いわ!」
「いやいや、高ちゃんもブランクが有ったのに、これだけ攀れたら上出来やで、大したもんや、流石は高ちゃんや!」
オジンが二人で褒め合っておりました。
「気色悪いなぁ、お互い褒め殺し合いか?」
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数々の登攀記録を持つ往年の名クライマー高ちゃん、プ・モリ西壁のサミッターでもある。プ・モリ登頂から35年も経ったんやね! ←クリック
「あ~ぁ、とうとう焼け棒杭に火が付いたか!俺は知らんぞ!嫁ハンが怖いでぇ」
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ザコッペは旦那のリードで懐かしの百丈岩を堪能しているようです。
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「Mッチ、今日は古ちゃん師匠にエエ所を見せたれ!」
今日の彼は強烈な花粉症に苛まれ苦しみながらも頑張っておりました。
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中央稜から眺めてみると東稜には、我が雲峰オールドクライマー達の弾んだ声が響き、楽しんでいる姿が見えています。
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「ピンは古いから頼りにはならんし、岩も浮いてるから慎重に登るね」
Mッチは古ちゃん師匠に遠慮してリードさせて下さいと言えなかったそうだ。
今日は意外と大人しいクライミングをするMッチ、後で聞いたら左膝下に裂傷を負って縫合し、まだ抜糸はしていないそうです。
「それでも、どうしても、今日は百丈岩へ来たかったんですわぁ!」
Mッチ、変に憎めない奴です。
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もう一人、変な奴が居ました、高ちゃん曰く、
「Kちゃんは人生をラッキーだけで生きて来たんやで!」
「こう見えても人並みの苦労と辛酸は舐めて来とる!」
私もやはり変なオジンなんでしょうか。
「ここは股座がスースーする位スッパリ切れとるなぁ、この高度感が堪らんのや!」
やはり変なオジンでした。
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岩陰に一輪だけヒッソリと咲く春蘭です。
「社会の片隅で慎ましく生きる私の姿そのものや!」
可憐な花に我が身を映し、涙する私なのです。

2013年3月17日 (日)

荒島岳に登ってきました。

Mッチからメールがきました。

「今春の締めに荒島岳に登ってきます」と、
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言わずと知れた福井の名峰 荒島岳(1523m)です。
深田久弥は言ったそうです、「人に人格があるように山にも山格がある」と、荒島岳が日本百名山の一座とされているのも、その山格が故であるのだろうか。
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登山ルートは勝原(かどはら)スキー場から登ることにしたそうです。
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ブナ林の中にあった大きな樹、トトロの木 と命名されている。
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Mッチはこのところ天気に恵まれております。
「君も晴れ男の仲間入りを許されましたね」
Cimg1289前方に聳えるのは小荒島岳だろうか? ブナ林の中、急登を進みます。
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しゃくなげ平か、もちが壁の上部付近かな?
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稜線上はクラストした雪面が続いております。ワカンの出番は無かったようですが、ピッケル、アイゼンの世界ですね。
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山頂に祀られている荒島大権現奥ノ院の祠です。
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やはり間近で眺める加賀の名峰は美しい。大汝峰、御前峰、別山、三ノ峰と連なる白山連峰(2702.2m)は正に名の通り、純白の装いで存在感を示している。
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今回も食い物の写真が送られてきました。
「うーん? これは、どう見ても水餃子のようですなぁ」
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今回の勝原ルートです。
私の手元に福井山歩会の編纂したガイドブック「登ってみねの福井の山」があります。
この編集に携わり、会の一員でもあるM氏にお聞きした事があります。
福井の山々には積雪期のみルートが開かれるピークが多くあるそうだ、行ってみたいですね。

2013年3月16日 (土)

やっぱりクライミングは楽しいね(妙号岩)

退院してから2週間が経ちました。もう我慢の限界です。

「あー、思いっ切り身体を動かしたいのう!」

他のメンバー達は楽しげに雪を求めて、あちこちへ出掛けております。

メールが入った、妙号岩で久し振りにクライミングするとの連絡です。

「おぉ、もちろん行くでぇー!」

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入院絶食で激減した体重も今ではすっかり元に戻ってしまいました。
こうして見てみると、かなり腹が出ています。ダイエットになったと喜んでいたのですが、それもホンの束の間だった。

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「Kちゃん、ポーズを決めて!復帰記念写真を撮るで!」

「クッ苦しい、これでどうでしょうか、ハイ、ポーズ」

「足短か!胴長やね、笑うわ!」

思っていたより体は動きました。リードも軽々と余裕でしたし、どうやら調子は上々です。

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「俺なぁ、なかなか調子が上がらへん、厳しいわ!」

そう言いながらも、そこそこシビアなルートをリードするトっちゃんです。

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「どないしたん? 右手指から、エライ血が出てるで!痛そう!」

傷をテーピングでグルグル巻にして頑張るナオヒデ君でした。
負傷の原因は何でしょう?

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課題のラインをクリアして上機嫌のハー君です。

「何の事ない、膝を入れたら一発で立ち込めましたわ!」

久し振りの外岩クライミングだった事もあってか、エンジンのかかりが遅いとボヤいておりました。

ポカポカと暖かく、気持ちの良い、春の妙号岩を堪能しました。

「さぁ、クライミング開始やで!みんな来いよ!」

2013年3月13日 (水)

残雪を追って県境の山へ(駒の尾山)

春の足音を身近に感じるようになってきました。気温も高くなり、山の雪は急速に消えて行きます。
それでも、この面々は名残りの雪を追って、飽きることなく楽しんでおります。

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まずは、ちくさ高原の親水公園からダルガ峰に向かいます。伐採跡まで地形図に記載の無い林道を辿りダルガ峰に抜けるルートだ。

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風がやや強い以外は天気は上々で、今日一日は春雪の低山歩きを堪能出来そうです。

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雲一つ無い快晴の山、雪も想像したよりは多く残っている。
2回続けて対岸の天児屋山に出掛けた二人ですが、天気には恵まれなかった。

「見事に晴れましたなぁ、晴れ男のコッチャンが来ると効果覿面ですね」

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駒の尾山の山頂石碑も大部分が姿を現わしました。

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こんな写真が送られてきたので何を作ったのか、聞いてみた。

どうやらニラ鍋だったそうです。

「不許葷酒入山門、山も禅宗も修行の道ですぞ!」

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そして、これはトマトジュースをベースにして、チーズをタップリと入れたリゾットらしい。

「大丈夫か? 前回のパエリアは飯がゴリゴリやったでぇ!」

「何の!今回はバッチリで美味かったわ!」

「要するにリゾットとは異人さんの食う雑炊でしょ?」

最近は山の食生活もお洒落になったようです。

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駒の尾避難小屋での豪華絢爛?な昼食を終え船木山に向かいました。

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船木山手前です、今日は後山(板馬見山)まで行く計画でしたが時間切れとなりました。

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船木山から鍋ヶ谷林道に向かって下ることにしました。

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雪はグサグサに緩んできました。そして腐り雪を踏み抜けばこんな姿になってしまいます。
「君達でこれやからヘビー級の俺なら大変やったやろなぁ」
穴から這い出すのに一苦労させられます。
そして性懲りも無く、あの長い鍋ヶ谷林道を歩いたそうです。
「あの道を歩くか、君達はホンマに物好きやのう! ようやるわ!」

2013年3月 3日 (日)

今やラッセルの達人になった?(天児屋山)

今冬2度目の天児屋山への挑戦となるMッチと、そしてK君夫妻でしたが、果たしてその結果は如何だったでしょう。

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峰越峠の東屋には重たげな雪がドッサリと乗っています。

天気は強い冬型となっており、かなりの風雪になるだろうとの予想が的中した。

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数週間前に職場の仲間と訪れた時も深い雪で、ちくさ高原スキー場から峰越峠まで時間を食ったと云う。

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県境尾根に立つブナの大木はルートの目印となります。

「天児屋はスノーシューで行ったら良いよ、高低差は大したこと無いし、輪カンより浮力が有る分、ラッセルの効率は上がるで」

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下山後に送られてきた写真を見ていますが、なるほど、新雪が相当な量、積もっています。
スノーシューでも、かなり沈んでますから、ラッセルに一汗かいた事は想像に難くない。

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積雪の時期にしか行けない天児屋山(1244.7m)
兵庫、鳥取、岡山の3県が境を接するこのエリア、無雪期は激藪に覆われてしまう山域なのだ。

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県境尾根から東に振って若いブナ林が現れて傾斜が落ちれば三国平です。

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今回も三国平で引き返す事にしたそうです。
前日に登ったHちゃんグループもやはりここで引き返しています。

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残念ながら今回も重い足取りでトレースを戻ります。

「今年の天児屋は山頂を踏まさんつもりやな?」

毎回の山行で先頭切ってラッセルを繰り返したMッチ、そのパワーと相俟って今や最強ラッセルマシーンと化したようだ。

2013年3月 1日 (金)

大腸内視鏡検査騒動記(クーッ痛かった!)

事の起こりは昨年12月半ば頃だった。風邪で咳が止まらず、近くの内科医院を受診したのです。処方された抗生剤で風邪は完治したかに思えた。しかし、そこから下痢が止まらなくなり、汚い話ですが、固形として出る事が全く無くなったのです。

再受診すると、

「抗生剤で腸内細菌の善玉も悪玉も全てが居なくなって、腸内環境が変わったんでしょうね、ヨーグルトや乳製品を多く摂りなさい」
言われるまま、ヨーグルトや乳製品を素直な私は食い続けました。1月が過ぎ、2月となっても腹の具合は好転しない、山に入っても飯を食わない、そんな日々を過ごしていた。
「そんなん、専門の消化器内科で診てもらえば良いやんか」
家内や娘に尻を叩かれ、大きな病院へと出掛けたのです。
問診があり、CTも撮って、血液検査も終えた。
「診る限りでは大きな病変は診受けられませんね、内視鏡検査をしましょうか」
「ええッ、内視鏡って、おケツから棒を突っ込むアレですよねぇ~」
「ついでに胃カメラもやりましょう」
「ワオーッ、上下から攻められるんかいな、キツイのう!」
数日後に恐怖の検査予約日がやって来た。
大腸内視鏡検査の大ベテラン?のコッチャンや経験者のMッチ、古チャンから体験談を聞いて腹を括った。
「大した事ないって、麻酔を掛けてもらったらボヤーッと眠ってる間に検査は終わるから」
検査3日前から食事制限に入り、前日は早めの軽い夕食となった。
緊張した面持ちで消化器センターに行くと、1.8リットルのボトルとコップを渡された。
「これを1時間掛けてユックリ飲み切って下さいね」
「成程、これが問題の下剤やな、それにしてこの量は半端やないぞ」
味はスポーツドリンクそっくりで美味くも不味くもない。
やがて頻繁にトイレへの出入りが始まった。
この日の被験者は6名程、トイレは2室だけだ。
当然、熾烈なウンチングルーム争奪戦となる。
「看護師さ~ん、見て下さ~い」
「まだ駄目です、もっと綺麗?に透明にならないとね」
何と排泄物チェックを受ける事7回目にして、やっとOKサインが出た。
検査着に着替えて台に上がりました。肛門部分が丸く切り取られた紙パンツを穿いています。
「それでは麻酔を始めますね」
この声を聞いてから後の事は記憶にありません。何がどのように行われたのか、全く覚えていないのです。
「あのーすみません、検査はもう始まりますかね?」
「もう1時間前に検査は全部終了していますよ」
「???・・・・・そうですか」
大腸内視鏡も胃カメラも既に完了していたのです。
「なんや、内視鏡検査って楽勝やなぁ!」
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検査が始まる前に看護師さんから。
「今日は付き添いの方はどなたかご一緒ですか?」
「いえ、私は一人で来たんですけど」
説明によると麻酔(軽いものらしい)をすると、醒めても逆行性健忘と酷似した状況となるので検査後の説明もスッ飛んで記憶に残らない事があるとの事であった。
「今から呼んでも奥様はお忙しいお方ですので無理ですし、私に説明をお願いします」
説明は聞いたような聞いてないような、検査後の注意事項を記載した小冊子を貰って帰宅したのですが、どうやって帰ったのか今も記憶が抜け落ちている。
消えた記憶を必死に辿ってみると、ポリープが大小2個あり、これを切除した事は理解出来た。
帰宅して家内に、
「あ~腹減ったぁ、飯を作ってくれや、消化の良い物を!」
その夜は軽く夕食を、翌朝もトーストと紅茶を摂った。
朝から仕事に出掛け、帰りにコッチャンと車の内装資材を探しに行った。駐車場で車に棚を付けていて腹部に違和感を感じた。
「腹痛いなぁ、内視鏡検査後って、こんなもんやろか?」
でも、コッチャンは痛みが出る事は無いと言っていた。
夜中になり日付も変わろうとしていた。腹痛は治まらず酷くなる一方でとても眠るどころではありません。
自室で唸っていると、看護師をしている娘が異変に気付いた。
「お父さん、何でもっと早よ言わへんのよ!大変やわ、これはアカンで!緊急事態やんか!」
急ぎ検査を受けた病院に駆け込んだのです。小冊子には出血や腹痛が出たら夜間でも受診するようにとの記載があったのです。
真夜中に担当医師やCT検査技師が呼び集められました。
CT検査の結果は大腸に小さな穿孔が出来ており炎症を起こしていると判明しました。そして緊急入院での治療となってしまいました。
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そして、とうとう、ご覧のような管付きの憐れなる姿となったのです。
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丸4日間と云うもの絶食は本より水の一滴も飲めませんでした。一方では24時間ブッ通しで数日間に亘り点滴が続きました。抗生剤の連続投与で炎症を抑えているのだそうです。
大きなポリープを切除すれば薄い腸壁に潰瘍状の傷が出来るそうです、その傷をクリップで固定するのですが腸の蠕動もあり術後に穿孔が起こる事が間々あるのだと聞きました。
正に私の場合はこれに該当したようです。ピンホールから腸内ガスや細菌が漏れて炎症を起こしたのです。
コッチャンが”安静にしろ”、”食い物に注意しろ”、と何度も言っていた意味を初めて理解したのです。
絶食から4日目に出された最初の食事は原型が何であったか全く判別不可能な得体の知れぬ流動食でした。
丁度、見舞いに来てくれていたTちゃんは食器の蓋を開けて大笑いしています。
「オオッ、これはお粥やな、これはカボチャやね、それにしてもおかずまで、見事にドロドロやなぁ!」
「笑うなや、これを舐めるように俺は食うんやぞ!」
長いような短いような1週間の辛い入院生活を耐えました。
手遅れとなれば三途の川を渡渉だ、良くても大腸の開腹手術は免れない。間一髪のところで助かった。
「危なかったぁ、何とか来週に挙げる娘の結婚式には間に合った」
そして、Tちゃんは云う、
「Kチャンの人生はツイてる、ラッキーでエエ人生やったで!」
「それは俺が死んだ時に言ってくれ、まだ生きとるわい!」
どうぞ、皆さんもこの体験談をご参考にしてご注意を!
侮る勿れ、大腸内視鏡検査(大腸ポリープ切除)である。
             (後日談)
細胞検査の結果、切除したポリープから癌が見つかったと知らされた。そう告げられても大して驚きませんでした。
「やっぱりな、俺も癌になるんや、仕方ないなぁ」
でも、ほんの初期であり、切除したので問題無いとドクターは言う。
「来年、また検査しましょう、それで再発が無ければ大丈夫です」
進行していれば転移して深刻な状況になる。それを思うとゾッとする。健康診断の潜血検査でも異常がなく、大腸癌など思いもしなかったのに下痢から始まった今回の騒動だ、この段階で大腸癌を発見したのはラッキーだった
自らの体調に異変を感じたら迷わず受診しましょう

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