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2013年1月

2013年1月30日 (水)

雲峰スキースクール

毎週火曜日はコッチャン指導によるスキースクールが開かれております。

場所はちくさ高原スキー場です。火曜日はシルバーデイとなっていて一日のリフト代が2000円と格安なのです。

今シーズンはオープン前から数えると5回目のちくさ詣でとなります。

スキーと云えばコッチャン、カンちゃん、青ちゃんだ。雲峰のスキー三羽カラスなのです。

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私は今までにスキーの基礎なんか習ったことありません。まったくの我流で北アルプス裏銀のスキー縦走や雪渓、急斜面も滑っていたのです。

「Kちゃん、我流はアカンよ、ようこれで今まで怪我もせんと滑ってきたなぁ、信じられへんわ!」

言われてみれば成程無茶な話です。

つまりは、あまりの下手さ加減に呆れるコッチャン師匠なのです。

「何から教えたらエエんやろか? この下手くそに!」

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「くの字姿勢!体の向き!膝や!外足や!」

事スキーに関しては妥協の無い厳しいコッチャンですから、徹底して基礎から叩き直されています。

「何のスポーツも一緒や、フォームが決まらんと上達せん!」

何やら難しい事を聞かされるのですがチンプンカンプンです。それでも滑り込んでいる内に何となく言われている意味が少しは理解できるようになってきました。

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スキーのセンターに乗り、しっかりとスピードのコントロールが出来なければ当然の事、大転倒となります。

「えーっと、踝に重心を置いて膝を入れる、ターンに入る前から外足に加重して最大傾斜で耐えるんやったね?」

言われた事をブツブツと呟きながら滑ります。

「少しは板もコントロールしてる、チョッとは解ったようやなぁ、まぁまぁです、頑張りよ」

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ザッコペはその脚力に物を言わせ、ボーゲンで一気に滑り下りています。

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「ザコッペはボーゲンで上等や! それより靴を買ってこい、壊れん奴を!」

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そうです、ザコッペの靴は経年劣化で砕け散ったのです。

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TOMMYちゃんは綺麗な安定感ある滑りです、コッチャン師匠が褒めています。

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「敢えて言えば、ターンで板を振ろうとしているの我慢して自然に回ってごらんよ」

目の前を通過するたびにコッチャンから細かいアドバイスが飛びます。

トッチャンはスキー兼用靴を履き、背中にはいつもザックを背負って滑っています、山スキーを想定しているのです。

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ハル君はテレマークスキーを器用に操作し滑っております。

「せめて、君達に付いて滑れる位のレベルにはなりたいですなぁ」

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各人がコッチャンコーチの指導を受けて、それぞれ目的意識を持って練習に励んでいるのです。アルバイン、クライミング、ハイキング、渓流、スキーとフィールドは広がっています、それだけ楽しみも多いのです。

今シーズンの特訓で少しは技術面での進歩はあったと実感している。素直にアドバイスを聞き、何度も何度もフラフラになるまで滑走を繰り返したから

クラブ雲峰に集う仲間は正にオールラウンドプレヤーです、ひとつのスタイルに拘らず四季の移ろいの中で楽しさ喜びを見出して行く、日々是好日 なりですわ。

2013年1月27日 (日)

わぁ~ワカンが折れた!(厳冬の板馬見山)

今週末はどこの山へ行くのでしょうか。

「岡山との県境を歩こうか、どこが良いかなぁ」

「板馬見山(後山)はどう?鍋ヶ谷林道から登る?」

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岡山県側では後山と呼び、兵庫県側では板馬見山なのです。

天気予報では今冬一番の寒気団が南下して日本海側は風雪が強まるとの予報が出ている。

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それでも08:00には、ちくさ高原麓のパーキングエリアに8名のメンバーが集まりました。

親水公園の手前、駒の尾山登山口にあるパーキングスペースに駐車した。

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駐車場で皆さんワカンを装着しています。鍋ヶ谷林道入口までは少しの距離ですが県道を歩きます。私は装着を躊躇したのですが、路肩の雪面を歩けば行けるだろう。ところが雪の薄い舗装面を踏んだ右足でバキッと嫌な音がした。

ご覧のように前半分が完全に折損してしまいました。

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後ろ半分だけで歩く事にして無理やり靴に固定しました。

「半分だけでも無いよりましでしょうよ、何とかなるわ!」

「登る前からこれかい!今日は苦労するやろなぁ」

仲間の同情と憐み、そして蔑み?の視線を感じながら出発です。

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鍋ヶ谷林道の入口です。天気は風が強い以外は予想したよりも状況は良く、積雪も大した量ではない。

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スタート時点の気温は-5℃を示しています。

「稜線に出たら吹かれて寒いやろね」

トレースの無い林道を先頭を交代しながらラッセルしております。

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林道歩きは単調です、高度も稼げません。左右のバランスの取れない不安定なワカンを履いた私は最後尾を歩かせてもらいました。必死で追いかけたのですが、快調なペースで飛ばす連中には付いて行けませんでした。

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P1260009船木山登山口の道標がある。ここからは右手の尾根に乗るのです。

「さぁ、今からが本番のラッセルやで! お願いします」

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現在位置を確認しています。予定した尾根を辿って船木山へと向かっている。

「今日は全員が読図技術に関しては完璧やから安心やね」

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相変わらず先行する仲間を追って、急な植林帯を直登して行きます。

壊れたワカンは爪が効かないので苦労します。

「大丈夫か?歩けるんかいな?壺足で登ったら?」

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カメラの撮影モードが絵画タッチになってしまったMッチの作品です。

一味違った面白い画像です。

船木山(1334m)の山頂西手前に抜け出ました。思ったよりも穏やかで時折り突風が雪を舞い上げる以外は申し分のない雪山散策日和です。

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東面を見ればこれから向かう板馬見山(1344.6m)が近い。

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振り向けば鍋ヶ谷山(1253m)、駒の尾山(1280m)、

ダルガ峰(1163m)と県境の山々が連なっている。

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見事な樹氷の回廊です。その中を真っ直ぐに板馬見山に向かってトレースを付けて行きます。

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「わぁ~、最高ですね!この樹氷が見たかったんですわ!」

Mッチは上機嫌でシャッターを切りまくってます。

「この景色を家の嫁さんに見せたいんです!」

「う~ん、そう思うところが俺と違うところやねんなぁ、山では女房の事なんか頭に浮かばんし、君はハッピー、ハッピーや」

Cimg1004板馬見山(1344.6m)の山頂です。

気温-10℃の中で急いで昼飯を食います。ポットに入れてきた熱湯も十分に温かさを保っています、ほんの短い休憩の中、それでお汁粉と生姜湯を作りパンを流し込みました。

100_1218当初の計画では駒の尾山を越えて大海里峠から下るとしていたのですが、時間的な事も考えて同ルート下降と変更したのです。
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「下りで良かったぁ!こんなワカンで延々とアップダウンを歩かされたら地獄やわ」
   

100_1212年代物のワカンをお持ちの方も多いと思います。普段の手入れと使用前のチェックをお忘れなく、今回の経験から老婆心ながら申し添えます。


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2013年1月20日 (日)

滝を見事に滑り落ちた!(冬の三ッ下谷)

集合場所へと向かう舞子駅で山支度をしたK先輩と出会った。

日本山岳会関西支部の山行に参加するのだと仰る。

後日、神戸新聞の記事がメールで送られて来ました。

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我が国最大の山岳会である日本山岳会。

K先輩は日本山岳会の永年会員でもある。

とにかく皆さんお元気です、感心します。

K先輩が右端に写っております。

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大阪南港からの帰り道に眺めた六甲山です。雪を被った姿は松本から見える北アルプスを彷彿とさせました。


今日は夕方から登山研修所の当番だ。それまでに戻れるエリアの山は何処が良いだろうかとアレコレ思案した。

近場にする事に決めて神戸電鉄谷上駅に09:30集合とメールを発信した。そして集まったのはコッチャン、とっちゃん、文ちゃん、Mッチと私の5名です。

「今日は三ッ下谷をご案内させていただきます」

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丸山川に沿った山田道を歩き、分岐を繰り返し、下水谷の仮設橋を渡れば三ッ下谷の2段堰堤が左に見えてくる。

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「うーん、何とも分かり難い道やね、これは迷うわなぁ!」

文ちゃん、コッチャンは地図とコンパスを睨み唸ってます。

そうです、三ッ下谷は訪れる人も少ないマニアックな谷なのです。

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三ッ下谷の2段堰堤を越える。

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冬場は水量も少なくなっている、期待した凍結も大したことはありませんでした。

「持参したアイゼン、バイルも出番は無いね」

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沢筋には真新しいペナントが付いていました。

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辺鄙な谷にも
入渓する物好きな人が居るようです、我々も含めてね。

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薄っすらと張った氷と濡れた岩、スリップに注意しながら慎重に小滝を越えて行きます。季節外れの谷歩きだ。

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三ツ下谷は本当に短い谷です。そんな谷にも味わいある滝が連続しているのです。

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夏場の沢登りには楽しい谷ですが、とにかくマムシが多いので閉口する。蛇が苦手の面々にはご遠慮願いたい。

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ここは私が氷柱の回廊と命名した場所です。冷え込めばこの斜面は氷柱と凍結した壁となってアイスクライミングの真似事くらいは出来るのですが、今日はバイルの一振りでガラガラと氷は崩れてしまいました。


    
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三ツ下谷で最大の3段20mの滝です。

「コッチャン、慎重に登れよ、ビッシリとベルグラが張り付いとるぞ」

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氷の張り付いた滝を騙しながら登っております。アイゼンを出そうとは誰も言いませんでした。滑ったら赤チン塗る位では済まないだろうにね。

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このゴルジュを抜ければ谷も終盤となります。消え残った先日の雪が多くなってきました。

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茫然と滝を見上げる私です。この滝の落ち口から滑り落ちたのです。薄氷を踏む思い、正にそれでした。

「あと一歩、滑るなよ、わぁー滑ったー!」

でした。

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落ちながら体を捻って尻からの着地で大したダメージは有りませんでした。

「あー尻が痛い!人には注意せーよ、と言いながら自分が落ちたら洒落にならんな」

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炭ヶ谷登山道に合流した。この先、凍った雪を踏んで行く。

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石楠花山のコルに到着した。この上で出会ったハイカーは簡易アイゼンを装着していました。

「それ位の慎重さがあれば大丈夫です、私みたいに滑りません」

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獺池です。久し振りに見せる六甲の雪景色ですね。

我々はこの先、新神戸に向かって長い道を下って行ったのです。

今回は長い登山人生で初めてスリップを経験しました。油断があったのでしょう、お恥ずかしい限りです。

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可愛い猪ちゃんに迎えられて本日の山は終了した。

「これから登山研修所へ行ってきます」

痛い尻を撫でながらの解散です。

 

2013年1月14日 (月)

これが神戸の秘境か?(イヤガ谷遡行)

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とっちゃんが子供の頃、イヤガ谷は清流で綺麗な谷だったと思い出を語る。時は流れ、上流部は大住宅街へと、その姿を大きく変え、広大な鵯越墓園も造成された。イヤガ谷、さて、どんな谷なのか歩いてみようと云うことになった。

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神戸電鉄鵯越駅を北へ歩き右の小径に入る。

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墓園を抜けてイヤガ谷の流れに沿った道を進む。

P1100038_2右手のゴルジュがイヤガ谷本流です、道は支流方向に続いていました。

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「汚い水やなぁ!これでは神戸の秘境も台無しやわ」

上流からの生活排水が流れ込んでいる様子だ。

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支流の道を突き当たると滝行場が忽然と現れた。イヤガ谷に付けられた道は、この不動尊の滝行場に向かう参道として造られたようだ。

ここで道は途絶えており、この先、強引に滝を髙巻いて支流を詰めても墓園の中に飛び出すだけだろう。進路を本流方面に変更する。

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滝行場から少し戻り、枝尾根の微かな踏み跡を上がると、右手に大きな堰堤が見えた。

「見て、あの堰堤上を左岸に渡れるよ」

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「この手摺の間隔は広いなぁ、足が届かんぞ」

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左岸に渡り、堰堤からブッシュを強引にへつる。
 

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ゴミにまみれた谷筋を飛び石を拾って遡行して行く。それにしても汚い谷です。とっちゃんの幼き頃の美しき思い出は今では時の流れに消え去ってしまったようです。
 

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水が澄んで、ゴミが無ければ、きっと楽しめるエリアで、”神戸の秘境”だと胸を張れただろうにね。勿体ない谷だ。


前方に堰堤が見えた。左岸の藪を東方向に向かうことにした。このまま真っ直ぐに谷を詰めたら、ゴールとする鈴蘭台から離れてしまう。

   

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小尾根を辿り、この露岩を左から巻けばイヤガ谷東尾根に出ると思われた。やがて踏み跡が明確になってヒョッコリと登山道に飛び出してイヤガ谷遡行は終了した。 

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車を置いた神鉄車庫まで舗装道路をテクテクと下って行く。

コッチャン曰く、

「こんな所に連れて来やがって、膝が痛いわ!」

厳冬の氷ノ山は綺麗やね!

Mゾッチから雪山へ行きたいとの強いアピールがあった。

何処の山にするか少し考えてみた、この時期は遠出しなくても県北部の山で雪上訓練すれば良いだろう、氷ノ山に登ると決めた。

「今回の氷ノ山はMゾッチの雪上訓練が主たる目的です、ラッセルをタップリと行いますけど、皆さん、参加する?」

メールを一斉発信した。

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すると08:00前には集合場所とした氷ノ山国際スキー場駐車場に、この顔触れ9名が集まって来ました。

P1120081_2装備はスキー、輪カン、スノーシューと各自の好みです。

「今日の雪質や雪量ではスキー登行はキツイのんと違うか?」

「いいや、根性あるからスキーで登ったる!」

「ほぉ~、根性ね、見せて貰いましょか」

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東尾根の積雪は予想よりは少ない、しかし我々が本日のトップパーティーですから消えかかったトレースを新たにラッセルする事になりました。

「Mッチ、ここは直登や!ラッセルせーよ!」

文ちゃんから鬼の指示が飛びます。

後続のパーティーには、

「すみませんね、我々はラッセルの練習していますので、お急ぎなら雪庇下を迂回して下さい」

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一ノ谷に着きました、雪面には根曲り竹が顔を出しています。

「あかん、この斜面はスキーを担いで登りますわ」

「コッチャンは根性無しやのう!」

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一の谷頭から上もブッシュが顔を出している。

「雪も重たいなぁ、下りは板が潜って滑り難いやろね」

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トッチャンはスキーを履いたまま登行を続けております。

意地でもスキーで登るんだと気合が入ってる。もう一人のおっさんは根性なしでスキーは背負ってます。

「一の谷頭からはシールがバッチリと利いて快調に行けるわい!」

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”KOYAMA TREE”に到着した。

「きっと言ってるで、あんた達、こんな時期に何しに来たんやってね」

黙祷を終えて山頂に向かうことにした。

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文ちゃんから積雪期登山の基礎を学ぶMッチです。千本杉でラッセルし、今は雪原に標識を立てるポイントの説明を受けています。

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次の寒波が到来すれば、この辺りの風景も一変するだろう。

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今のモンスターは成長段階だ、今冬は巨大化するだろうか?

     Dscn7868午前中の風も治まり、静かな世界が戻った。新雪を踏んで進む楽しさを存分に味う。
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初めて見る雪のオブジェにMッチのテンションは上がっております。

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冬の氷ノ山は実に美しく、味わい深い、正に誇るべき兵庫県の最高峰だ。

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昨年の3月は視界ゼロの中をコンパスとGPSで登った。

前方に避難小屋の三角屋根が見えてきた。

   

Cimg0871   

海老の尻尾に覆われた山頂避難小屋です。 雪を被った周辺の山々360度の景観を楽しんで下山にかかる。

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下山中にMッチが言う、

「楽しい時間って直ぐに過ぎてしまうんですね」

コッチャン、とっちゃんのスキーコンビは駐車場まで滑り続けました。

膝はガクガク、疲れてヘロヘロになったそうです。

「ご苦労さまでした、来月は比良山系に入ります」

2013年1月 4日 (金)

テントの歴史を塗り替えた名匠が逝った(トモミツ縫工/友光幸二)

我々が尊敬して止まぬ昭和の名匠が逝った。

友光幸二氏(享年93歳) 平成24年12月28日永眠 

Img_1827今や主流となった吊り下げ式テントを考案設計し登山界に一大革命をもたらした名匠である。

クラブ雲峰の名誉会員であり、我々にとって大恩人でもあった。

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私の手元に古びた一張りの小さなテントが残されている。

今も現役での使用が可能な状態で保存しているのだ。

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試行錯誤を重ねて完成した吊り下げ式テントの初期モデルだ。ダンロップの名を冠して発表された。

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神戸市東灘区の小さな縫工所から日本の否、世界の山岳界を驚愕させる常識を覆したテントが生み出されたのです。

正にコペルニクス的転回であり、即ち登山に於けるテントの概念が一転したと言っても過言ではない。
当時、我々は毎週木曜日の夜に工房に集まっては装備研究会と称する会議を重ねていた。
求められたのは軽量で短時間での設営が可能、そして居住性の良いテントの開発です。それには多くの時間が費やされた。

現在では常識化した長期海外遠征に於けるベースキャンプでのプライベートテント、我々が考えたのは大きなメステントから放射状に小さなテントをジョイントさせる、こんな奇抜な事も考えていたのです。

「パッキングを外してポンと投げたら勝手に自立するテントは作れんやろか?」

「食卓の蠅除け網みたいにテッペンを引けば開くテントはどうやろか?」

奇想天外なアイデアを熱く語っていたのです。
試作テントは我々がテスト使用して改良点を見つけていきます。

国体県予選の時の事です。選手として出場したRYUちゃんは、その時の事を鮮明に覚えていました。当時の登山競技はテントの設営技術も採点の対象でした。他のチームは従来型の三角テントでポールを立て、張り綱をペグで止める作業に懸命です。我々は試作のトモミツテントを持っての参戦でした。設営はほんの数分で完了し、参加者の度肝を抜いたのです。

あの時の審判員が言った言葉が忘れられない。
「何や?このテントは入口どこやねんな?こんなん採点のしようが無い!」

結果はブッちぎりの優勝でした。こうしてトモミツテントは登山界へのリリースに向けて確実に歩を進めていったのです。

0132トモミツ縫工は、数多くの海外遠征隊からの装備発注を受け、その信頼に応えました。その遠征隊から贈られた高峰の写真が壁にズラリと並んでいたのを思い出す。

私の友人がオーストラリア大陸をバイクで横断する旅に出た、その時に使用したのも吊り下げテントの改良型だ。

軽量小型でバイク旅には最適と帰国後の感想だった。

0631クラブ雲峰隊1974年のプ・モリ西壁登攀でも初登頂に大いに貢献した。

この遠征隊メンバーには後にトモミツのスタッフとなった野村、そして同じくスタッフだった今は亡き小山が居たのです。

Dscn7815このタグを覚えているだろうか? 輪カンのマークだ、トモミツを捩ってスリーフレンドとも呼んでいた。

我々と同世代の岳人で 「トモミツ縫工」 この名を知らぬ者は「潜りの山屋」だと言われるだろう。

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私が着用していた積雪期装備は市販品ではなかった。全ての縫製装備がトモミツ縫工製であったとも云える。厳しい登攀の世界で身を守ってくれたのも"TOMOMITSU"ブランドだった。

ある年、冬期登攀用にと化繊綿の入ったオーバーズボンを発注した。靴もスパッツも履いたままで脱着が出来るようにサイドをチャックにして細めにデザインしたが、親父さんと綿の量やデザインで意見が合わず納得してもらうのに苦労したことがあった。頑固で自分が納得しない物は頑として受け付けない天性の職人だった。
クラブ雲峰に入会して真っ先にオーダーしたのがキスリングだった。市販の特大などは可愛いもので、大人が一人スッポリと収まるような超々特大キスリングザックでした。
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「あれは本当に大きかったなぁ、よう、あんな物を背負えたもんやわ!」
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葬儀告別式の祭壇に飾られた吊り下げテントの精巧な縮尺模型です。神戸山岳会のN君が持参していました。
出棺に際し、このテントは納棺され、友光さんと共に旅立って行きました。
「どうか彼岸に行かれてもこのテントで極楽へのキャラバンを続けて下さいね」

私たちは「トモミツ縫工」を決して忘れない。
そして登山の形態を変えた偉大なる名匠 友光幸二 の名を心に刻み付ける。
登山史に残すべき凄い名匠が神戸に居た事をどうか忘れないでほしい。

ここに一人の男が居る。星加弘之だ。友光幸二にとっては最後の弟子となった人物だ。
神戸ザック ←クリック(ホームページが開きます)
登山家でもあった彼は師の技術に心酔し、安定した職を捨てトモミツの門を叩いたのです。神戸ザックは師の技術を受け継いだ彼が開いた工房である。
そして今や多くの愛好者の支持を受け ”IMOCK” ブランドで神戸からその手作り技術の高さを全国に発信している。

「友光幸二さん、親父さん、本当に有難う御座いました。そしてご苦労様でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます」
 

歩け!歩け!山に海へと

2013年元旦も穏やかに明けた。

今日は息子娘夫婦や孫が集まる。それまでに初詣ウォーキングを終えて帰宅しなければと、急ぎ自宅を出た。
須磨寺に参拝、初詣で賑わう境内を通り、須磨名水の森を馬の背コルへと抜けた。
旗振山で散歩中のK君、ザコッペ、コッコちゃんにタイミング良く出会って新年の挨拶を交わした。そして彼ら家族は塩屋へと下って行った。
鉢伏山のカーレーター乗り場に文ちゃんが元旦から勤務していると聞いた。顔を出して彼にも元旦の挨拶をしようと立ち寄った。
「文ちゃん、俺なぁ須磨浦ロープウェイに乗った事ないねん、今日は正月やからご祝儀に乗せてもらうわ!」
「ご乗車ありがとうございまーす、山陽電鉄もご利用下さい」
「割引券か優待券は無いんかいな?」
「ムッ・・・・・・?」
1月2日はトッチャンから六甲越えトレーニングをすると連絡が入っております。
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芦屋川から高座滝へ、風吹岩には地獄谷を登った。
本日はコッチャン、トッチャンと暇々3人組だ。
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東おたふく山の笹原を吹き抜ける寒風が肌を刺す。
土樋割峠に出て七曲りを快調なペースで上がる。
「コッチャン、快調やね、速過ぎるで、凄いわ!」
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有馬温泉へは魚屋道をノンビリと下った。
「昨日は25000歩やった、今日は30000歩か!足が痛いのう!」
1月3日は寝正月にしようとゴロゴロしていると、メールが入った、コッチャンからだ。
「これからK君と明石の海岸散策するで」と、
車で迎えに来てくれると云う、バタバタと大急ぎで着替えた。
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江井ヶ島を折り返しとするシーサイドウォーキングです。
西から季節風が真ともに吹き付けてくる。
「往路はシンドイけど、戻り道は追い風で楽やぞ!」
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海岸段丘には明石象の発掘地があります。
P1030033_2
物議をかもした明石原人発見の地、屏風ヶ浦もあります。
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この辺りの砂浜は海ガメの産卵地です。
肌理の細かい砂に足をとられる。
「雪を踏んでる感覚やね」
P1030032
コッチャン曰く、
「砂浜ウォーキングは足に優しく、筋力アップになるんやで!」
P1030030
強烈な風の中をカラフルな帆が跳んでいる。
こんな強風が彼らには絶好のコンディションなんでしょうね。
P1030023_2ハイスピードで波を乗り越えていく豪快なライディングを暫くの間、眺めていました。
P1030034
今日も30000歩を超えるだろう。連日のウォーキングで膝が痛くなった。
「コッチャン、明日のメールは無しやで、完全休養です」
「俺も着信拒否したるわい!」

2013年1月 3日 (木)

新年のご挨拶

Dscn7308                                           剣沢合宿

クラブ雲峰の皆さま
明けましておめでとうございます。
昨年は”SAFETY & ACTIVE "の方針に基づき
一つの事故、怪我もなく安全に、大山北壁合宿から
妙号岩での登り納めまで本当にACTIVEに
楽しく登りましたね。
本年も、楽しい山行を数多く重ねて行きたいと
思いますので、皆さまどうか宜しくお願い申し上げます。
                   2013年 1月 元旦
                   クラブ雲峰代表 佐藤直英
038                   5月 立山でのスキー合宿
Dscn7176                  7月 西穂から北穂への縦走
Dscn7224
                     飛騨古川の街並を散策
119_r             宝剣岳オケラクラックを登るMッチ君
P_4                小川山でクライミング三昧の日々
兵庫県山岳連盟(神戸登山研修所)の事業に多大なるご協力を賜りまして有難うございました。
また、本年度の兵庫県山岳連盟新常任理事としてザコちゃんの就任が内定致しております、皆さんのバックアップも宜しくお願い致します。

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