2019年6月14日 (金)

もう6月になってる!

何処にも行けず大したトレーニングもせずに過ぎた5月だった。

気が付けば早くも6月を迎えておりました。

「俺はこれで良いのやろか?」

そんな時、サークルHMAメンバーの大濱君からトレーニングへのお誘いメールが入った。

「そうやなぁ、夏の予定もある事やし、久し振りに岩を触ろうか」

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丁度良い機会なんでサークルHMAの活動用にと新たに購入したロープをチェックしておく事にしよう。

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と云うことで久し振りに百丈岩へ出掛けたのです。

この日は真夏を思わす日差しです。でも風が吹けば少しは涼しく感じるんですね。

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この日の参加は私、相棒のトっちゃん、大濱君、羽田さんでした。

新品のベアール8.6mm x 50mを初めて使いました。

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「このロープはええ感じやで!しなやかで軽くて使いやすいわ!」

人に言わせればベアールはマムートやエーデルワイスのロープに比べればランクは下だと仰る。

サークルHMAは兵庫県山岳連盟の直轄事業ですが潤沢に活動資金がある訳ではない。微々たる手持ち資金の中から装備を揃えるとなれば妥協できる値段のロープを探し出す事が必要となる。一流登山用具店々頭価格では手が出ない。

「インターネットで最安値を見つけよう」

あれこれ覗いて探し回り安価での購入を果たした。

そして、この日、手にした真新しいロープを百丈岩で思い存分使ったのです。

「楽しいなぁ、クライミング!まだ頑張れるぞ」

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百丈岩に出掛けた翌日には神戸登山研修所で技術遭対委員会が主催する「セルフレスキュー講習会」が開催されました。

クライミング中に墜落事故が発生しパートナーが意識を失って行動不能となった、その危機的状況から自らの手で脱出し救助活動につなげて行く、これがセルフレスキュー技術です。

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この日の神戸登山研修所は大賑わいでした。ピラミッドウォールには高校山岳部が練習に大勢やって来ています。高校生達の危なっかしいビレイも気になるし、でもこちらの講習にも集中しなければいけないし、見過ごせず注意しに走ったが気が散ったのは私一人だけではありません、皆心配そうに振り向いてました。

「君達、もう少しシッカリとクライミングの基本を学んでよ」

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こうした講習会を幾度も開催出来るのは神戸登山研修所と云う施設が身近にあるからであり、それを運営管理するのが我々の母体である兵庫県山岳連盟だからですよね。この研修所の存在意義とか有難さをあらためて実感します。

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予定したこの日のセルフレスキュー講習メニューは全て終える事が出来ました。

このような技術遭対委員会の地道な活動が安全登山啓発に少しでも繋がってくれたら、それが願いです。

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明治期に建てられた兵庫県公館です。今日はここで「令和元年度第一回兵庫県山の遭難対策協議会委員会」開催されます。公館の外観はいつも見ているのですが入館するのは初めてでした。

「入口は何処やろ?ここは正面玄関かな?裏口なの?」

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場所は兵庫県公館2階第一会議室となっています。入館はしたものの2階に上がる階段が解らない?館内をウロウロしてやっと会議室に辿りついた。

この広い会議室に38名の委員が集まって各委員よりの活動報告、2018年に兵庫県下で発生した山岳遭難事故の詳細な報告等が行われた。委員の紹介では今年度からメンバーに加わった私もご挨拶、自己紹介も行いました。

遭難事故発生件数は118件(内六甲山系66件)

遭難者数は133名(死亡9名、未発見不明1名)

我々が立ち向かうべき安全登山への道は険しいですね。

「兵庫県山の遭難対策協議会委員会」は兵庫県の錚々たるメンバーで構成されています。各警察署、神戸市消防局、消防防災航空隊も委員会メンバーです。

神戸登山研修所を預かる私としては、今一度、身も心も引き締め、少しでもお役に立つよう老骨に鞭打って安全登山啓発を推し進めて行こうと腹を括った。

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この日、県公館に向うJR車内で同年輩の男性に声を掛けられた。

「黒ちゃん、久し振りやね、ブログは楽しく見てます」

誰なの?お名前を聞いてやっと分かりました。

「ええ!Nさんかいな!何十年振りやろ?」

そうです、数十年前、明石に存在した「ドングリクラブ」というアーチェリー同好会で一緒に競い合った仲間でした。恰幅良く、血色も良く、私より年長なのに矍鑠としてる。

短い時間でしたが楽しく嬉しい再会でした。

あの頃は時間があればアーチェリー場に通ってました。50m先の的に向って矢(アロー)を放つのです。私が使用していた弓(ボウ)は強力で素晴らしい性能でした。風の流れや距離を読み、照準器の目盛を上下左右に微調整して的の中心を狙います。ピストルなんかの比じゃなくライフル並みの的中率です(上達すればです)的の真ん中に音もなく吸い込まれる矢、あの快感は味わった者でないと理解出来ないでしょうね。

効き目に黄斑変性と云う障害が出て視力が極端に低下したためアーチェリー競技を諦めましたが、あの頃は楽しい時間をNさん達と過ごしたんですね、本当に懐かしいです。

アーチェリーって奥深いスポーツですよ、それなりの筋力と集中力が要る世界です。

お金も掛かりますから弓に付ける部品(スタビライザー)や弦(ストリング)は手作りし、矢も材料のみ購入して自分で色々と考案して作成していました。それもまた楽しかったですね。

「我々が集っていたアーチェリー場は今どうなってしまってるかな?」

 

2019年5月26日 (日)

5月になりましたね。

元号も令和と変わりましたね。時の流れを切々と感じるこの頃です。長いGWも終わり5月も半ばを過ぎましたが今年は珍しく春山登山もしませんでした。神戸登山研修所補修工事の予定があるからです。

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別館1Fにはダンススタジオがあります。元々は研修室として使っていたのです。ここ神戸登山研修所は別名「王子サロン」と呼ばれ一般市民の方々に開放しており多くのご利用を頂いております。この部屋はフラメンコダンサーの依頼を受けてダンス練習室として使用されています。しかし傷みが出てきて、壁には亀裂やシミが目立ってます。利用されるダンサーの方々から補修して欲しいとの要望が寄せられていました。補修改修には時間が必要なので長期休館となるGW中に工事をすると決めたんです。

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亀裂補修、壁全面と天井の塗装、床の補修となると工事期間は4~5日を要します。養生と古い塗装を剥離させる下作業に予想以上の時間が掛かった。

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何しろ私が一人でする素人工事なのプロのような手際とはいきません。埃に塗れペンキに塗れ、疲れ切って工事を終えました。

「疲れたぁ~!けど綺麗になったぁ!利用者の皆さん、これで納得して下さい」

カーテンも白いレース地に替え明るい感じにしました。カーテンはサイズが合わないので家内に頼んでミシン作業をしてもらったんです。

「ご協力に感謝してます、ありがとう!」

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サークルHMAのクライミング分科会は盛況です。この日も妙号岩の講習に14名が集まりました。顧問そして相談役に就いてくれたトっちゃん、マアちゃんも来てくれてます。

「しっかり学んで期待に応えて下さいね」

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5月の例会は滋賀の金勝アルプスでした。真夏を思わす暑さでしたが尾根上は琵琶湖を渡ってくる風が心地良く楽しいハイキングです。奇岩重なる天狗岩は一見の価値ありですね。落ヶ滝や天狗岩にはボルトが打たれておりました。こんな所にもクライマーはやって来てるんですね。

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根津君が釣行記事を依頼されたので記事掲載の写真を撮ろうと2人で出掛けたのです。

高さのある幅の狭い防波堤をよじ登り乗り越え、今度は複雑に組み合ったテトラポットの弱点を突いて迷路のような隙間を進めば釣り場です。

岩場や高さに慣れてる私や根津君にすれば問題ないのですが、油断して落ちれば怪我は免れない、

「あんな怖い場所には二度と行かん!落ちたら死ぬ!」

誘っても二度と来ない釣り仲間も居ます。

「行けば確実に釣れるのになぁ」

写真は釣果の一部ですが兎に角よく釣れます。ここは足場の悪さでしょうか釣り荒れていないのです。正に爆釣とはこの事です。

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私達と同じ兵庫県山岳連盟の理事をされている釣好き名人坂本先生を誘って同じ場所へ、先生は登山の専門家だし問題なし、このチヌも坂本先生が近くに居て玉ですくってもらえたから揚がったんです。

久し振りの「歳無し」です。この大きさに成長するのに何年掛かったか解らないのでそう呼び、釣り師が追い求めるサイズです。

メバル狙いの細仕掛けでしたから無理は出来ず時間を掛けて引き寄せましたが暗闇の中、玉に入った獲物を見てその大きさに驚きましたね。

「わぉ~!歳無しや!」

その場で生け締め血抜きしました。

刺身や荒炊きにして頂きましたが食べ応えありましたよ。

このポイントで釣り上げた良型の魚はかなりの数になります。

その殆んどが孫娘達の成長の源となっております。

 

 

 

 

2019年4月23日 (火)

2019年度兵庫県山岳連盟定時総会

平成最後の年、平成31年4月20日(土) 兵庫県山岳連盟定時総会が行なわれました。

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定時総会を1週間後に控えた4月13日の事です。兵庫県山岳連盟事務局長ならびに神戸登山研修所所長を兼務されていた杉本雄一さん(75)が急逝されたんです。突然の事に驚きました。今年は役員改選年なので我々は彼の健康面を考慮して職務軽減を検討していた矢先の事だったんです。

亡くなる2日前にも

「杉さん、無理せんでエエよ、事務局長は後任も決まったし、研修所所長に専念してデーンと座ってたらエエねん、俺が副所長になって実務は引き受けたる!ノンビリとやったら?」

こう話したら頷いて嬉しそうに「頼むな、助けてな」と笑ってた顔が浮かびますね。

事務局、登山研修所の事務引き継ぎも終わら内に逝ってしまわれたので総会資料や準備もどうなっているのか、大慌てのドタバタした役員総出の1週間でしたね。

定時総会の開会に先立ち故杉本雄一氏の逝去を悼み黙祷が捧げられました。

「杉さん、長い間ご苦労さんやったね、お疲れ様、有難う御座いました」

そして、4期8年間に亘り兵庫県山岳連盟会長として指導力を発揮されてこられた中西研一会長が勇退されました。

新年度からは古賀理事長が新会長となり、新理事長には伊藤常任理事が就任されました。中西会長は新たに設けられて名誉会長の席に就かれます。故杉本事務局長の後任は大西常任理事です。それぞれが能力ある方々で適任なんですね。

私ですが兵庫県山岳連盟副会長と神戸登山研修所所長の兼任と決まりました。創立70年を超え、開所50年を迎える歴史ある兵庫県山岳連盟(神戸登山研修所)を運営するメンバーの一員となりました。

「ホンマ、この俺にこんな重責を任せて良いの?」

機関紙「兵庫山岳」に掲載する挨拶文にも書きましたが、この国内有数の登山研修施設である神戸登山研修所(兵庫県山岳連盟)がこの近代登山発祥の地で、これからも山を愛し、山を目指す多くの方々の拠点となり、また「岳人」の心の故郷で在り続けたいそんな思いが私の心の中に強くあります。残された気力と体力を振り絞り与えらた職務に邁進して行こう、そう気持ちを引き締めました。

 

 

2019年4月13日 (土)

サークルHMAの総会

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兵庫県山岳連盟が直轄事業として行なっているサークルHMA活動も2019年で5年目を迎えます。

2019年4月6日(土)私達が活動拠点としております神戸登山研修所でサークルHMAの定期総会が開かれました。

前庭は満開の桜、絶好のお花見日和です。市内有数の桜の名所でもある王子公園の一角に神戸登山研修所はあります。

大勢の花見客で周辺は大賑わいです。

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30名を越えるメンバーが集まっています。用意した中会議室も一杯になってます。

総会での最大議題は目標としてきた自主運営への移行です。自分達で企画運営するサークルへと向います。

立ち上げから丸4年サークル代表を務めた私はバトンタッチです。新代表を大庭君にお願いしました。

そして運営委員、分科会運営委員、事務局長も決まりました。

私はこう考えていました。

サークルHMAを立ち上げた時、5年位は自分の思い描くスタイルを追求しようとしました、目標を定め、山行計画を組み、講習も行い、おこがましくも登山とは何ぞやなんて事まで語りました。ある人に言われた言葉です。

「黒田教の信者を作るんか?」

その一言で目が覚めました。人にはそれぞれに性格個性があり目指す方向も違う、それを「俺を信じて、俺に付いて来い!」では駄目なんだとね。

これからはメンバー達の自主性に任せサークルの運営を委ねよう。クラブ雲峰を卒業引退したのもこんな思いもあったからなんです。

よく聴いていた吉田拓郎の「イメージの詩」 その歌詞の一節に、

古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう

古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も新しい船のように新しい海に出る

兵庫県山岳連盟の直轄事業であるサークルHMA委員会の委員長は継続して私が担い、側面からサポートして行く方針です。

新年度から顧問にトっちゃん、相談役に高ちゃん、マアちゃんが就任してくれました。ベテラン勢のバックアップ体制も着々と整ってきました、メンバーのレベルアップに拍車が掛かりますね。

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新年度からサークルHMA相談役を引き受けて下さった高木さんの特別講演がありました。

昨年9月に遠征されたユブラヒマール西壁のお話です。ユーモアを交え楽しい内容でしたね。

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そして総会も無事に終わりお花見宴会の始まりです。窓の外は満開の桜、でも皆さんは「花より団子」ですね

準備していた料理も足りなくなって慌てて買いに走りました。

楽しい一時を過ごす事が出来て、感謝、感謝です。

 

 

2019年3月25日 (月)

なんと!道を塞がれた!(一ヶ谷西尾根)

2018年度最後のHMA例会に参加しました。裏六甲地獄谷~ノースロード~記念碑台~保塁岩~一ヶ谷西尾根(天望山)のコースです。
3月23日(土)09:00神鉄大池駅に7名が集まりました。
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今日は負荷訓練としてますから10kg前後のザックを背負ってます。地獄谷は久し振りです、誰も居ない静かな谷は昔のままでした。
事前情報では砂防堰堤には大量の水が溜まり以前の登山道は2ヶ所で登山道が水没していて高巻きやへつりになるそうです。それもまた楽しみ!です。
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ノースロードに抜けました。地獄谷入口には登山道が水没しているとの注意表示が出ていましたがその地点も問題なく通過出来ます。此処からはノースロードを辿りシュラインロードを経由し記念碑台の六甲山ビジターセンターに寄って昼食としました。
歩きながらこんな話になったんです。シュラインロードの名前の由来を知ってますか?英語で神社を(Shrine)と訳しますがこれが語源らしいです。シェール道は人名に由来してるらしい。摩耶山のアゴニ―坂は顎が膝(Knee)に付く急坂と云う意味と英語の苦しい(Agony)の説があるそうです、皆さん博学です勉強になります。
シュラインロードには点々と祠や石仏が残っているんで昔の居留外国人が名付けたんでしょうね、観音菩薩を刻んだ石仏も多いしShraineTemple Roadやね。
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今日のメンバーはクライミング講習会の卒業生達ですが、これからもこの堡塁岩に来る回数も増えるので各ルートの説明をしておきました。

 

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六甲ケーブル山上駅西側からゴミだらけの踏み跡を辿り一ヶ谷西尾根に乗ります。激下りが続きますが明瞭な踏み跡がありますから迷う事なく天望山を越えました。もう少しで六甲ケーブル山麓駅近くの表六甲ドライブウェイに出る。

ここが2015年にHMA例会でも下ってきたゴール地点です。落石防護ネットに隙間が作られています。これは送電線鉄塔の巡視路入口となっているからなんです。

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天望山の鉄塔からも「火の用心」と書かれた巡視路表示が道を示しているのでそれを辿って下りました。

ところが何と!最後になって行く手を真新しい落石防護ネットで阻まれました。旧ネットの内側に二重に張られています。左右は垂壁でボロボロの崩れ落ちそうな岩壁です。いっその事、新旧のネット際を乗り越えて網目をホールドにしてクライミングダウンしようかと藪漕ぎトラバースしたんですが余りにも角度が急で足元の岩は崩れます。落ちたらネットと壁の間に挟まり動けなくなる。流石の私もかなり緊張しましたね。危険過ぎる!

これだけの広範囲な工事だし作業道はあるはずだ、それに送電線巡視路が無いとは思えません。新たな落石防護ネットの外側には例の「火の用心」の巡視路表示も見えているし、どうやって出るんでしょうね、動物園の熊状態です。

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地形図を見てみました。鉄塔まで登り返し巡視路表示とは別に等高線の広い斜面をケーブル山麓駅方面に下ろうと決めメンバーに声を掛けようとしたら、何と!トっちゃんがフェンスの外に抜け出しているではありませんか!ビックリしました。
「ネットと斜面の間に潜り込んで抜けたんや」

 

「お前はスリムやからエエわい!俺は抜けられん!」

 

私が足と背中でネットを押し広げておいてメンバー全員が抜けました、最後は私です。
狭いなんてものじゃありません!ワイヤーを潜る時なんて息を吸って腹を思いっ切りすぼめて引っ張り出されました。

 

「こんな場所を抜ける発想は俺には無い!トっちゃんらしい発想や!」

 

恐れ入りました。

 

きっと別に落石防護ネットを迂回する道があるはずです。このルートは廃道なんです。もし一ヶ谷西尾根を下ろうと思われるなら巡視路表示を無視して鉄塔から別の下降路を探す事になりますね。

 

2019年3月20日 (水)

日々是好日

神戸市各区には消防署と連携したグリーンパトロール(みどりを守る指導委員)という組織があるんです。神戸市からの委嘱なんですね。私は垂水区のメンバーとなってます。
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春の防火イベントで垂水消防署と塩屋消防団との合同林野火災の消火訓練が須磨区と垂水区の境界にある旗振山西面で行われました。
旗振山ではハイカーの皆さんに林野火災予防を呼びかける冊子や粗品を配布してます。
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消火放水訓練を終えて塩屋台へ下って来ました。こんなにも多くの消防士が今日の演習に参加しているんですね。
20代前半頃の事ですが山火事の恐ろしさは身を以って体験しました。
当時住んでいた北野町の裏山で火災が発生したんです。立木がパチパチと燃えて弾ける音と煙を見て、慌ててスニーカーを履き、燃え盛る雑木林を生木の枝を切って束にし、それで叩き消しながら突進したんです。気が付けば回りは完全に炎に囲まれていました。消したつもりでしたが再燃してるのです。熱くて、熱くて、煙と炎で息も出来ませんでした。必死になって火の壁を走り抜けましたが髪の毛は焼け、顔は火傷を負ってました。スニーカーは底が熱で溶けてましたね。生木で叩き消せると安易に飛び込んだのが大失敗でした。消防隊の到着で鎮火しましたが私の煤だらけの顔を見て隊員から危なかったなと注意されましたね。
今も壁に掛かった「感謝状」を見る度にあの熱さを思い出します。
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朝霧方面に向っていて見たのがこの巨大船でした。
神戸新聞に掲載された記事を読んでみると「エバージェントル」と云う世界最大級のコンテナ船でした。22万トンで全長400mですってよ。
接岸出来る岸壁が有るのでしょうかね?
明石海峡大橋を抜けるのにレーダーマストを倒してるそうです、ギリギリやね。
まだまだ日本の造船技術は世界トップクラスやわ。

季節外れのスズムシ

我家では秋になれば妻が飼育している鈴虫の鳴き声がうるさい位です。
毎年のように夏前に孵化し秋に産卵を終えるを繰り返しています。
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妻が面白い事に挑戦していました。
産卵を終えた水槽内の床を綺麗に清掃し霧吹きで湿りを与え、二つの水槽の内一つはそのままベランダ冷所に置き越冬させます。
さて、もう一つの水槽ですが室内のテーブルの下の暖房マットレスの上に置き、冬場に孵化させるのだと毎日のように手入れしてました。
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私が昨年末に水槽を覗くと何か小さな虫が動いています。
「オーイ、ゴキブリが湧いてるやないか!」
「違うわ!この子達?は鈴虫やで!」
良く観察してみると成程言う通りでした。
それから1月になり続々と孵化しました。
「おそらくは育たんぞ、鳴かへんやろなぁ」
いくら室内と言っても冬場ですから気温は低いですしね。
野菜屑、鰹節粉、高野豆腐などを与えてますが、
3月に入り個体差はあるものの大きく成長してきたんです。
そして3月16日夜ついに「リーン、リーン」と鳴きました。
「大成功や!」
妻は大喜びしてますが、この後はどうするんでしょうね。
昆虫館や鈴虫寺などでも季節外飼育をしてるようです。
か細い「リーン、リーン」です、頑張れ!小さな命!
でも季節外れの鈴虫も良いものですよ。

2019年3月 3日 (日)

我が青春のクラブ雲峰よさらば!

私、高ちゃん、トっちゃん、マアちゃんの4名は2019年3月31日を以ってクラブ雲峰を卒業する事になりました。

 創立50周年記念誌にはこんな事を記しています。

私とクラブ雲峰との出会いは昭和43年(1968)22歳の春に遡ります。ある日、仕事で訪れた神戸税関で税関官吏だった井上武久氏から台湾雪山南壁遠征隊に参加しないかと声を掛けられた。その頃の私は会社の先輩達と屏風岩や北アルプス、冬の大山北壁も登っており一端のアルピニストを気取っていました。顔は雪焼けで真っ黒、こいつは山屋だと井上さんは見抜いたのだろう。条件はクラブ雲峰に入会するでした。

「クラブ雲峰と言うてな、今は無名なんやけど大きな事やるでぇ、先物買いやぞ、入り!」

「台湾の未登の壁か、よっしゃ、行ったろ」

見事な一本釣りであった。

あれから長い年月をクラブ雲峰と共に歩んできた。我ながらよく続いたものだと感心する。

クラブ雲峰50年の間には厳しい時代もありました。それに耐え、乗り越えて来られましたのも偏にクラブ雲峰の伝統を守ろうとされた会員諸兄のご尽力とご協力の賜物です。

私や直英君が赴任先から神戸に戻り復帰した。そして高ちゃん、トっちゃん、マアちゃん、市川君と昔の仲間も戻ってきた。彼達を中心としてクラブ雲峰は新たなる道を歩み出した。本当に涙が出るくらい嬉しかった。また、あの個性豊かな仲間達と山へ行けるんだ。

また、新たにクラブ雲峰に参画してくれた諸君には心より感謝しています。君達は立派に我々の期待に応えてくれています。 クラブ雲峰の未来は君達の手に委ねます。頑張れとは言いません、楽しんで下さい、夢を追い続けて下さい。

過去の思い出に浸るのではなく、今を見つめ、先を見つめて進んで下さい。

私は自らに問うています。

お前に何が出来るのか、気力はあるのか、意欲はあるのか、そして何を目指すのかと。

 

     共に同じ道を歩んでくれた仲間達に感謝の気持ちを込めて、

       「本当にありがとうございました」

同世代の仲間達と青春の全てを賭けたクラブ雲峰、高ちゃんを中心とした第二世代の我々には一時代を築いたのだと云う強い自負がある。営々と守り育て上げたクラブ雲峰だとも思っている。

今こうして次世代へのバトンタッチを終えOBとなって在籍し続けても運営方針につい口を出したくなる、私達の自負がそうさせてしまうのだ。過去を語ったとて後輩達には老人の単なる昔話だと思われるだろう。「運営に口を出す困った年寄り」にはなりたくない。

同期が集まって相談した結果は、

「思い残す事は何も無い、卒業しよう!」 

「潔く我々老兵は姿を消して行こう」

だった。

世代交代を念頭に着々と推し進めてきた最終段階での結論でした。

 

4年前こんな事を書いていました。

      2015年5月31日(日)神戸登山研修所

        09:00~17:00まで。

クラブ雲峰50年の歴史で初めてとなる新入会員及び入会を考えている方を対象としたオリエンテーションを開催しました。

「俺達や後輩もこんな丁寧なオリエンテーションなんか受けた記憶が無いもんね」

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これからのクラブ雲峰を支える運営委員を含め24名が集まってきました。ナオヒデ代表、副代表の私、技術委員長のトっちゃんからクラブ雲峰の主旨、活動内容、将来に向けてのビジョンと、こと細かな説明が行われました。

出席者全員の自己紹介と登山に関する考えが述べられました。山岳会とは堅苦しく敷居の高い特殊な組織であると思われている人が多いとも感じたし、山に対して語られる言葉には熱い思いが込められており、入会される方々に対する大きな責任を実感したのです。

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今日は雨の予報が出ていて心配したのですが、予報と相反し良い天気で拍子抜けです。午前にミーティングを行い、午後に実技を行なうとしていたのですが、予定を変更して涼しい午前に実技を先行させる事にしました。ピラミッドウォールを使ってのビレイ練習、これは実際に10m程上でリードクライマーが墜落して、それをビレヤーがシッカリと止めるのです。一つ間違えたら大怪我ものですから神経を張り詰めた緊張感漂う実技です。墜ち役名人のナオキ君とナベちゃんが頑張ってくれました。

「俺が墜ちたらビレイヤーの体が宙に浮くでぇ!」

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ここに写ってる全員がクラブ雲峰オリエンテーションに集まったメンバーです。市っちゃんが言ってます。

「この人数を見てビックリしましたわ!雲峰は消えて無くなるんかと一時は心配しましたもんね」

我々の運営方針や将来を見据えた活動が理解してもらえず雲峰を去って行ったメンバーもいます。私達はこう考えます、どんな企業であってもクラブ雲峰のような小さな山岳会組織であっても重要な事は人材の育成であり目標を定めた長期計画です。特に人材育成には全力を傾注し時間と労力を惜しまず掛けるのです。そうして次世代を担う後輩を育て、雲峰の魂を伝え、そして50年の伝統を受け継ぎ新たな歴史を重ねて行ってもらおうと思っているのです。

後輩達へ一言、私達も間もなくOBとなります。これからは若いメンバーにクラブ雲峰を委ねます。そしてこれから我々は君達を見守って行きたいと思っています。俺達が居なくなっても共に登り、共に語り、共に過ごした事を忘れずクラブ雲峰をより良い方向へと導いて下さいね。今日は楽しく嬉しい一日でした、有難う御座いました。

50年や見守りやと書いていてフッと思い出したんです。今年がお袋の50回忌だと、そしてファイルを繰ってみたらナオヒデ君が理事を務める癌と闘う患者さんやご遺族をサポートする「日本がん楽会」の機関誌に依頼され寄稿した時の原文が出てきたんです。

                     お母ちゃんありがとう

                             黒 田 信 男

日本がん楽会第二回美術展のご案内を佐藤直英さんから頂きました。私は恥ずかしながら、このサークルの存在やその趣旨すら知らず、ましてや佐藤さんが会員である事も初めて知ったのでした。

彼は私が所属する山岳会の先輩です。昨年の8月に最愛の奥さんをガンで亡くされています。その長きにわたる献身的な自宅での看護介護の日々を我々仲間は、ただ、そっと見守る事しか出来なかった。 

彼の姿を見ていて「私のお母ちゃん」を思い出したのです。お母ちゃんは45歳の若さで胃ガンのためこの世を去りました。私は10代後半で山狂いの真っ只中、お母ちゃんには心配の掛け通しでした。当時は今と違い、医療技術も治療方法も十分とは云えない時代でした。胃の不調を訴え検査を受けた結果は余命一年という厳しい宣告だったのです。急ぎ、胃の全摘出手術が行なわれましたが、その手術途中で私はナースに呼ばれました。

「君の血液型は?検査するね」

「はい、A型です」

A型輸血液が不足したようで、緊急措置として身内から採血することになったのです。同じ血液型の姉も居たのですが、屈強な私一人から大量に採ると決まりました。丸椅子に座り両腕を机の上へ置き、その姿勢のまま恐ろしく太い注射器で抜くのです。右腕から出なくなれば左腕へ、また右腕へと何度も繰り返し針を刺しました。どれだけの量を採血したか覚えていません。やがて頭から血の気が引いて床に崩れ落ちました。覚えているのは病院からの帰り道に叔母が分厚いステーキをご馳走してくれたことです。

お母ちゃんは網元漁師の娘で肝っ玉母ちゃんでしたが、親父は大酒飲みで借金だらけ、よく夫婦喧嘩をしていました。そんな駄目親父だったのにお母ちゃんが逝くまで、何と、まるで人が変わったように面倒を見続けたのです。弱音は一切吐かず泣き言も言わず、自らの運命を気丈に受け入れてガンと闘ったあの強いお母ちゃんも親父にだけは甘えていました。

「お父ちゃん、メロンが食べたい」

「はい、はい」

あの一年間は子供達も立ち入れない、短くも凝縮された夫婦だけの暖かく静かな時間が流れていたのだなと思われるのです。

これが女房を泣かした親父、泣かされたお母ちゃん、夫婦とは不可思議なる関係です。

遊び人の親父を憎んでいた私だったのですが、その時から親父を見る目が変わりました。

この歳になって考えてみれば私も親父と同じような道を歩いてきてると思っています。血は争えんものですね。

お母ちゃんが逝って長い年月が経ちました。しかし今もお母ちゃんは私たちをしっかりと見守ってくれています。

あれはお母ちゃんの一周忌が近づいた頃だった、厳冬期の岩壁を先輩と登攀していた時です、天候が悪化して雪が激しく舞っていました。先輩も私も引き返す気持ちは毛頭なく、ひたすら登り続けました。途中でビバークした夜の事です。狭い岩棚で先輩は悪夢にうなされ、私もウトウトと夢を見ました。病の床に伏しているお母ちゃんの足を思いっきり踏ん付けたのです。

「痛いな! あんた、エエ加減にしーよ!」

一喝されて目が覚めました。悪天候もありましたがお互いの夢見が悪いとの理由を付けて撤退を決めましたが、あの時、そのまま前進していたら悲惨な結果が待っていたと分ったのは帰神してからのことでした。

或る日の事、自立して一人暮らしをしている長男が突然の帰宅です。戻るや、何も言わず、真っ先に仏壇に向かい、線香をあげて神妙な顔で手を合わせたそうです。何があったのかと不思議に思って女房が聞いたところ、長男曰く、東名高速道路をスポーツカーで飛ばしていた時、フッと睡魔に襲われ意識が遠退いた、すると、

「あんた!目を覚ましなさい!あんたが死んだら、私の息子が悲しむがな!」

白髪混じりのおばさんに起こされて、ハッと気が付けば中央分離帯が目前に迫っていたそうです。

お母ちゃんは私や孫までも見守ってくれています。

「お母ちゃん、ありがとう!」

2007年、パキスタン北部バルチスタンへ1ヶ月以上に亘り遠征する機会に恵まれました。山男でもあった親父の分骨とお母ちゃんの写真を持って登りました。そして標高5000Mを超えたあたり、カラコルムの8000M級の峰々を望む氷河丘(モレーン)にケルンを積みました。墓標には「父母、我と共に旅し、ここに眠る」と石板に記しました。パキスタン人の友人のムハマード・フィダが唱えてくれるコーランが山々に響き、辺りは荘厳な雰囲気に包まれていきました。両親は仲良く絶景の広がる世界で眠りに付いています。こんな寒い空気の希薄な所はありがた迷惑だと怒っているかも知れませんね。

私たち山に挑み続けたクライマーは壮絶な人の生死を何度も目にしてきました。人間の力なんて大自然の前では脆弱な存在でしかないと痛感させられるのです。

その最たる弱い私は周りに支えられて生きてきました、大好きだったお母ちゃんの魂にも守られて生かしてもらったようにも思えます、私もお母ちゃんの様に子供や孫達を見守る時がやがて来るだろう。

日本がん楽会の皆さんにお会いして勇気とパワーを頂き、生きるとは、人を愛するとはを考える良い機会になりました。あれこれ思いながら何十年と連れ添った老妻の姿をしげしげと眺めていましたら、怪訝そうな目で睨まれました。

お母ちゃん最後の言葉「信男、早よ、お風呂に入りよ」

風呂嫌いの私に今は女房が言っています。

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さらば我が青春のクラブ雲峰よ、永遠なれ!

「本当に長い間ありがとうございました」

 

2019年2月11日 (月)

氷ノ山流れ尾で雪上訓練

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10年振りだという超弩級寒冷渦が日本列島をスッポリと包んでいる。高層天気図を見たら高度1600mの気温-14℃帯が県北部に掛かっているようだ。

 2月9日(土)HMAの有志メンバーから、

「氷ノ山流れ尾を登るので同行お願いします」

と連絡があった。当日の天候を考えるとかなり厳しい登山が予想された。

仕事のトラブル処理で走り回って疲れてるし、早朝発は厳しいのでトっちゃんを誘って八鹿まで走り車中泊しました、我がキャンピングカー?シュラフ快適なり!

09:00と少し遅い時間に参加者7名が氷ノ山国際スキー場のパーキングに集まった。

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パトロール本部に計画書を提出して流れ尾に向います。氷ノ山山頂部は厚い雪雲の中だ。対岸の鉢伏山も間もなく雪雲に隠れ吹雪となるだろう。

スタートがかなり遅くなった。冬山初心者も居るし怪我や風邪っ気をおして参加してるメンバーも居る。この天気や足並みを考えれば猛吹雪に遭うのは分かってるし15:00には下山とした行動時間の予測が付かない。

冬山講習としては絶好の条件です。でも今日はリスクは避けよう、思い切って行動計画を切り替えた。

 「今日は頂上には行かず流れ尾の1峰辺りまで登って折り返します。ラッセルと雪面の登下降や滑落停止などの雪山基礎訓練をメインに行ないます!」

吹雪く山を眺めるメンバーの顔には納得と安堵の表情が浮かんでる

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リフト最上部から流れ尾の支尾根を目指してスタートです。この辺りは吹き溜まる場所なので積雪量の割には潜るんです。敢えてワカンを履かずに頑張ってもらいましょう。

「潜りますわ!ワカンを履きましょか?」

「履かんでエエ!そのままガンガン行け!膝で押して行け!」

ポイントとなる地点では読図を繰り返します。

「現在位置は?進行方位わ!」

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支尾根に乗りました。尻を叩いてラッセルさせて楽勝でした。

俺らもチョットくらいはラッセルしたもんね」

胆嚢摘出から復帰したトっちゃんもどうやら元気を取り戻したようで一安心しました。

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流れ尾の雪庇に着きました、大きな張り出しではありませんが一応は雪庇です。

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「弱点を崩してルートを切り開いてごらんよ」

 雪にまみれて頑張っておりました。

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月9日11:00の流れ尾1200m付近です。県境北西から強烈な風雪が吹き付けてきます。気温は-5℃だから体感温度はもっと低いね。この辺りでの雪上訓練は厳しいので1050m付近の風裏を捜す事にして下降します。

 「この吹き曝しの中で昼飯を食えと言うのは酷やしね」

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訓練に適した良い斜面があったので基礎的なアイゼンワーク、ピッケルとのコンビネーションで斜面の登下降やトラバースを何度もやってもらいます。滑落停止も怒鳴られながら繰り返してます。

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風雪も強まり14:00に練習を終えました。下降ルートはパトロール本部にリフトに沿ってスキーヤー、ボーダーの邪魔にならないラインを下降する事で事前了承してもらっておりました。

「リフトのトップまでの下りは潜るから先頭を交代しながら進みよ」

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「何んでこんな状況下でそんなにニコニコして居られるんですか?寒くない?」 

「今日はええ天気やんか、ええ風も吹いてて楽しいねん!」

「????・・・変な爺さん!」

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連休明けの12日に孫娘を連れて六甲山スノーパークに行って来ました。

昔は六甲山人口スキー場と言っていた施設ですね。

孫が「雪遊び!雪遊び!」と催促するんで出掛けました。県北部まで出掛けなくても遊べるし、でも入園料金が高い!大人2000円、子供1000円、駐車場1000円ですわ。

目を離すとソリ禁止のスキー、ボード専用ゲレンデに勝手に入ってソリで滑ってしまうし大変でしたわ。恐いもの知らずの孫相手に爺さん婆さんは振り回されてフラフラでした。

 

2019年2月 7日 (木)

兵庫県立六甲山ビジターセンター

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六甲山の記念碑台に六甲山ビジターセンターと云うのがあるのを御存知ですか?私は知りませんでした。

裏六甲ドライブウェイを上がった交差点が記念碑台なんですが、その高台に建つ立派な施設でした。

Img_0003_3Img兵庫県立六甲山ビジターセンターが正式名称です。2月2日(土)に兵庫県県民局が「冬山を学ぼう!歩こう!」と云うイベントを開催しました。そのイベントの講師に私にも声が掛かったんです。冬山講習なのに雪も氷も無くては実感が湧かないし、どうしたものかと悩んでました。

イベント前夜、サークルHMAの六甲山麓に住んでるメンバーから「六甲は真っ白で山上は10cm以上の積雪ですよ」との情報が寄せられた。

「よっしゃ!これで少しは冬山感のある講習が出来るわ!」

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有馬街道の小部峠から登りましたが森林植物園から先の道路は早朝の事でもあり全面凍結でしたね。我が愛車の軽四輪にはスタッドレスタイヤを装着したし、モードを四駆に切り替えたので問題なく快調に雪道を登ってくれます。

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記念碑台のパーキングはご覧のような状況で最高のロケーションとなってます。

久し振りに見た雪の六甲山です。

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今日の講習は初歩的な冬山登山を想定したものにしています。冬の六甲山を楽しむには何が必要なのか、基本的な事から説明していきます。

私が使っている冬山装備の全てを持ち込んで使用法なども説明しました。

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今日のイベントには30名の方が参加されています。私の受け持ち時間は短いので大変です。全ては無理なんでメインを読図としてコンパスと地形図の使い方に重きをおきました。磁北線の引き方、コンパスの基本的な使い方ですね。レイヤリングや登山中に摂る食料なども紹介しました。

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ビジターセンターからは参加の皆さんにはアイゼンを装着してもらいダイヤモンドポイントまで歩いて頂きました。その途中では自然保護委員長のアケミさん講師による植生の説明や冬芽の観察が行われていました。悲しいかな私にはその分野に関する知識はございません。登山の楽しみ方その奥深さはアケミさんの講義を見ていて理解出来ます。登山技術だけではなく学ぶ事の多さを実感させられます。 「我以外は全て師である」そんな感じやね。

ダイヤモンドポイントではコンパスと地図での実習です。クロスベアリングや山座同定です。短時間で読図技術を身に付ける事は出来ません。それは分かっていますがせめてその入口位は覚えて帰って欲しいしね。

10時に始まり15時にイベントは終了となりましたが終わってみて私はどう考えても講師を務めるような器ではないと実感した、そんな一日でしたね。

「さて、今夜は旧友達とベトナム料理で一杯やる予定やし、チャンネルを切り替えよう!」

«サークルHMAの1月(そして今年は幸先良く大物も釣れた)

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