2019年3月25日 (月)

なんと!道を塞がれた!(一ヶ谷西尾根)

2018年度最後のHMA例会に参加しました。裏六甲地獄谷~ノースロード~記念碑台~保塁岩~一ヶ谷西尾根(天望山)のコースです。
3月23日(土)09:00神鉄大池駅に7名が集まりました。
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今日は負荷訓練としてますから10kg前後のザックを背負ってます。地獄谷は久し振りです、誰も居ない静かな谷は昔のままでした。
事前情報では砂防堰堤には大量の水が溜まり以前の登山道は2ヶ所で登山道が水没していて高巻きやへつりになるそうです。それもまた楽しみ!です。
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ノースロードに抜けました。地獄谷入口には登山道が水没しているとの注意表示が出ていましたが水没地点も問題なく通過出来ます。此処からはノースロードを辿りシュラインロードを経由し記念碑台の六甲山ビジターセンターに寄って昼食としました。
歩きながらこんな話になったんです。シュラインロードの名前の由来を知ってますか?英語で神社をShrineと訳しますがこれが語源らしいです。この道には点々と祠や石仏が残っているんで昔の居留外国人が命名したんでしょうね、でも観音さんや菩薩の石仏もあるんだからシュラインテンプルロードでは?
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今日のメンバーはクライミング講習会の卒業生達ですが、これからもこの堡塁岩に来る回数も増えるので各ルートの説明をしておきました。

 

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六甲ケーブル山上駅西側からゴミだらけの踏み跡を辿り一ヶ谷西尾根に乗ります。激下りが続きますが明瞭な踏み跡がありますから迷う事なく天望山を越えました。もう少しで六甲ケーブル山麓駅近くの表六甲ドライブウェイに出る。

ここが2015年にHMA例会でも下ってきたゴール地点です。落石防護ネットに隙間が作られています。これは送電線鉄塔の巡視路入口となっているからなんです。

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天望山の鉄塔からも「火の用心」と書かれた巡視路表示が道を示しているのでそれを辿って下りました。

ところが何と!最後になって行く手を真新しい落石防護ネットで阻まれました。旧ネットの内側に二重に張られています。左右は垂壁でボロボロの崩れ落ちそうな岩壁です。いっその事、新旧のネット際を乗り越えて網目をホールドにしてクライミングダウンしようかと藪漕ぎトラバースしたんですが余りにも角度が急で足元の岩は崩れます。落ちたらネットと壁の間に挟まり動けなくなる。流石の私もかなり緊張しましたね。危険過ぎる!

これだけの広範囲な工事だし作業道はあるはずだ、それに送電線巡視路が無いとは思えません。新たな落石防護ネットの外側には例の「火の用心」の巡視路表示も見えているし、どうやって出るんでしょうね、動物園の熊状態です。

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地形図を見てみました。鉄塔まで登り返し巡視路表示とは別に等高線の広い斜面をケーブル山麓駅方面に下ろうと決めメンバーに声を掛けようとしたら、何と!トっちゃんがフェンスの外に抜け出しているではありませんか!ビックリしました。
「ネットと斜面の間に潜り込んで抜けたんや」

 

「お前はスリムやからエエわい!俺は抜けられん!」

 

私が足と背中でネットを押し広げておいてメンバー全員が抜けました、最後は私です。
狭いなんてものじゃありません!ワイヤーを潜る時なんて息を吸って腹を思いっ切りすぼめて引っ張り出されました。

 

「こんな場所を抜ける発想は俺には無い!トっちゃんらしい発想や!」

 

恐れ入りました。

 

きっと別に落石防護ネットを迂回する道があるはずです。このルートは廃道なんです。もし一ヶ谷西尾根を下ろうと思われるなら巡視路表示を無視して鉄塔から別の下降路を探す事になりますね。

 

2019年3月20日 (水)

日々是好日

神戸市各区には消防署と連携したグリーンパトロール(みどりを守る指導委員)という組織があるんです。神戸市からの委嘱なんですね。私は垂水区のメンバーとなってます。
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春の防火イベントで垂水消防署と塩屋消防団との合同林野火災の消火訓練が須磨区と垂水区の境界にある旗振山西面で行われました。
旗振山ではハイカーの皆さんに林野火災予防を呼びかける冊子や粗品を配布してます。
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消火放水訓練を終えて塩屋台へ下って来ました。こんなにも多くの消防士が今日の演習に参加しているんですね。
20代前半頃の事ですが山火事の恐ろしさは身を以って体験しました。
当時住んでいた北野町の裏山で火災が発生したんです。立木がパチパチと燃えて弾ける音と煙を見て、慌ててスニーカーを履き、燃え盛る雑木林を生木の枝を切って束にし、それで叩き消しながら突進したんです。気が付けば回りは完全に炎に囲まれていました。消したつもりでしたが再燃してるのです。熱くて、熱くて、煙と炎で息も出来ませんでした。必死になって火の壁を走り抜けましたが髪の毛は焼け、顔は火傷を負ってました。スニーカーは底が熱で溶けてましたね。生木で叩き消せると安易に飛び込んだのが大失敗でした。消防隊の到着で鎮火しましたが私の煤だらけの顔を見て隊員から危なかったなと注意されましたね。
今も壁に掛かった「感謝状」を見る度にあの熱さを思い出します。
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朝霧方面に向っていて見たのがこの巨大船でした。
神戸新聞に掲載された記事を読んでみると「エバージェントル」と云う世界最大級のコンテナ船でした。22万トンで全長400mですってよ。
接岸出来る岸壁が有るのでしょうかね?
明石海峡大橋を抜けるのにレーダーマストを倒してるそうです、ギリギリやね。
まだまだ日本の造船技術は世界トップクラスやわ。

季節外れのスズムシ

我家では秋になれば妻が飼育している鈴虫の鳴き声がうるさい位です。
毎年のように夏前に孵化し秋に産卵を終えるを繰り返しています。
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妻が面白い事に挑戦していました。
産卵を終えた水槽内の床を綺麗に清掃し霧吹きで湿りを与え、二つの水槽の内一つはそのままベランダ冷所に置き越冬させます。
さて、もう一つの水槽ですが室内のテーブルの下の暖房マットレスの上に置き、冬場に孵化させるのだと毎日のように手入れしてました。
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私が昨年末に水槽を覗くと何か小さな虫が動いています。
「オーイ、ゴキブリが湧いてるやないか!」
「違うわ!この子達?は鈴虫やで!」
良く観察してみると成程言う通りでした。
それから1月になり続々と孵化しました。
「おそらくは育たんぞ、鳴かへんやろなぁ」
いくら室内と言っても冬場ですから気温は低いですしね。
野菜屑、鰹節粉、高野豆腐などを与えてますが、
3月に入り個体差はあるものの大きく成長してきたんです。
そして3月16日夜ついに「リーン、リーン」と鳴きました。
「大成功や!」
妻は大喜びしてますが、この後はどうするんでしょうね。
昆虫館や鈴虫寺などでも季節外飼育をしてるようです。
か細い「リーン、リーン」です、頑張れ!小さな命!
でも季節外れの鈴虫も良いものですよ。

2019年3月 3日 (日)

我が青春のクラブ雲峰よさらば!

私、高ちゃん、トっちゃん、マアちゃんの4名は2019年3月31日を以ってクラブ雲峰を卒業する事になりました。

 創立50周年記念誌にはこんな事を記しています。

私とクラブ雲峰との出会いは昭和43年(1968)22歳の春に遡ります。ある日、仕事で訪れた神戸税関で税関官吏だった井上武久氏から台湾雪山南壁遠征隊に参加しないかと声を掛けられた。その頃の私は会社の先輩達と屏風岩や北アルプス、冬の大山北壁も登っており一端のアルピニストを気取っていました。顔は雪焼けで真っ黒、こいつは山屋だと井上さんは見抜いたのだろう。条件はクラブ雲峰に入会するでした。

「クラブ雲峰と言うてな、今は無名なんやけど大きな事やるでぇ、先物買いやぞ、入り!」

「台湾の未登の壁か、よっしゃ、行ったろ」

見事な一本釣りであった。

あれから長い年月をクラブ雲峰と共に歩んできた。我ながらよく続いたものだと感心する。

クラブ雲峰50年の間には厳しい時代もありました。それに耐え、乗り越えて来られましたのも偏にクラブ雲峰の伝統を守ろうとされた会員諸兄のご尽力とご協力の賜物です。

私や直英君が赴任先から神戸に戻り復帰した。そして高ちゃん、トっちゃん、マアちゃん、市川君と昔の仲間も戻ってきた。彼達を中心としてクラブ雲峰は新たなる道を歩み出した。本当に涙が出るくらい嬉しかった。また、あの個性豊かな仲間達と山へ行けるんだ。

また、新たにクラブ雲峰に参画してくれた諸君には心より感謝しています。君達は立派に我々の期待に応えてくれています。 クラブ雲峰の未来は君達の手に委ねます。頑張れとは言いません、楽しんで下さい、夢を追い続けて下さい。

過去の思い出に浸るのではなく、今を見つめ、先を見つめて進んで下さい。

私は自らに問うています。

お前に何が出来るのか、気力はあるのか、意欲はあるのか、そして何を目指すのかと。

 

     共に同じ道を歩んでくれた仲間達に感謝の気持ちを込めて、

       「本当にありがとうございました」

同世代の仲間達と青春の全てを賭けたクラブ雲峰、高ちゃんを中心とした第二世代の我々には一時代を築いたのだと云う強い自負がある。営々と守り育て上げたクラブ雲峰だとも思っている。

今こうして次世代へのバトンタッチを終えOBとなって在籍し続けても運営方針につい口を出したくなる、私達の自負がそうさせてしまうのだ。過去を語ったとて後輩達には老人の単なる昔話だと思われるだろう。「運営に口を出す困った年寄り」にはなりたくない。

同期が集まって相談した結果は、

「思い残す事は何も無い、卒業しよう!」 

「潔く我々老兵は姿を消して行こう」

だった。

世代交代を念頭に着々と推し進めてきた最終段階での結論でした。

 

4年前こんな事を書いていました。

      2015年5月31日(日)神戸登山研修所

        09:00~17:00まで。

クラブ雲峰50年の歴史で初めてとなる新入会員及び入会を考えている方を対象としたオリエンテーションを開催しました。

「俺達や後輩もこんな丁寧なオリエンテーションなんか受けた記憶が無いもんね」

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これからのクラブ雲峰を支える運営委員を含め24名が集まってきました。ナオヒデ代表、副代表の私、技術委員長のトっちゃんからクラブ雲峰の主旨、活動内容、将来に向けてのビジョンと、こと細かな説明が行われました。

出席者全員の自己紹介と登山に関する考えが述べられました。山岳会とは堅苦しく敷居の高い特殊な組織であると思われている人が多いとも感じたし、山に対して語られる言葉には熱い思いが込められており、入会される方々に対する大きな責任を実感したのです。

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今日は雨の予報が出ていて心配したのですが、予報と相反し良い天気で拍子抜けです。午前にミーティングを行い、午後に実技を行なうとしていたのですが、予定を変更して涼しい午前に実技を先行させる事にしました。ピラミッドウォールを使ってのビレイ練習、これは実際に10m程上でリードクライマーが墜落して、それをビレヤーがシッカリと止めるのです。一つ間違えたら大怪我ものですから神経を張り詰めた緊張感漂う実技です。墜ち役名人のナオキ君とナベちゃんが頑張ってくれました。

「俺が墜ちたらビレイヤーの体が宙に浮くでぇ!」

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ここに写ってる全員がクラブ雲峰オリエンテーションに集まったメンバーです。市っちゃんが言ってます。

「この人数を見てビックリしましたわ!雲峰は消えて無くなるんかと一時は心配しましたもんね」

我々の運営方針や将来を見据えた活動が理解してもらえず雲峰を去って行ったメンバーもいます。私達はこう考えます、どんな企業であってもクラブ雲峰のような小さな山岳会組織であっても重要な事は人材の育成であり目標を定めた長期計画です。特に人材育成には全力を傾注し時間と労力を惜しまず掛けるのです。そうして次世代を担う後輩を育て、雲峰の魂を伝え、そして50年の伝統を受け継ぎ新たな歴史を重ねて行ってもらおうと思っているのです。

後輩達へ一言、私達も間もなくOBとなります。これからは若いメンバーにクラブ雲峰を委ねます。そしてこれから我々は君達を見守って行きたいと思っています。俺達が居なくなっても共に登り、共に語り、共に過ごした事を忘れずクラブ雲峰をより良い方向へと導いて下さいね。今日は楽しく嬉しい一日でした、有難う御座いました。

50年や見守りやと書いていてフッと思い出したんです。今年がお袋の50回忌だと、そしてファイルを繰ってみたらナオヒデ君が理事を務める癌と闘う患者さんやご遺族をサポートする「日本がん楽会」の機関誌に依頼され寄稿した時の原文が出てきたんです。

                     お母ちゃんありがとう

                             黒 田 信 男

日本がん楽会第二回美術展のご案内を佐藤直英さんから頂きました。私は恥ずかしながら、このサークルの存在やその趣旨すら知らず、ましてや佐藤さんが会員である事も初めて知ったのでした。

彼は私が所属する山岳会の先輩です。昨年の8月に最愛の奥さんをガンで亡くされています。その長きにわたる献身的な自宅での看護介護の日々を我々仲間は、ただ、そっと見守る事しか出来なかった。 

彼の姿を見ていて「私のお母ちゃん」を思い出したのです。お母ちゃんは45歳の若さで胃ガンのためこの世を去りました。私は10代後半で山狂いの真っ只中、お母ちゃんには心配の掛け通しでした。当時は今と違い、医療技術も治療方法も十分とは云えない時代でした。胃の不調を訴え検査を受けた結果は余命一年という厳しい宣告だったのです。急ぎ、胃の全摘出手術が行なわれましたが、その手術途中で私はナースに呼ばれました。

「君の血液型は?検査するね」

「はい、A型です」

A型輸血液が不足したようで、緊急措置として身内から採血することになったのです。同じ血液型の姉も居たのですが、屈強な私一人から大量に採ると決まりました。丸椅子に座り両腕を机の上へ置き、その姿勢のまま恐ろしく太い注射器で抜くのです。右腕から出なくなれば左腕へ、また右腕へと何度も繰り返し針を刺しました。どれだけの量を採血したか覚えていません。やがて頭から血の気が引いて床に崩れ落ちました。覚えているのは病院からの帰り道に叔母が分厚いステーキをご馳走してくれたことです。

お母ちゃんは網元漁師の娘で肝っ玉母ちゃんでしたが、親父は大酒飲みで借金だらけ、よく夫婦喧嘩をしていました。そんな駄目親父だったのにお母ちゃんが逝くまで、何と、まるで人が変わったように面倒を見続けたのです。弱音は一切吐かず泣き言も言わず、自らの運命を気丈に受け入れてガンと闘ったあの強いお母ちゃんも親父にだけは甘えていました。

「お父ちゃん、メロンが食べたい」

「はい、はい」

あの一年間は子供達も立ち入れない、短くも凝縮された夫婦だけの暖かく静かな時間が流れていたのだなと思われるのです。

これが女房を泣かした親父、泣かされたお母ちゃん、夫婦とは不可思議なる関係です。

遊び人の親父を憎んでいた私だったのですが、その時から親父を見る目が変わりました。

この歳になって考えてみれば私も親父と同じような道を歩いてきてると思っています。血は争えんものですね。

お母ちゃんが逝って長い年月が経ちました。しかし今もお母ちゃんは私たちをしっかりと見守ってくれています。

あれはお母ちゃんの一周忌が近づいた頃だった、厳冬期の岩壁を先輩と登攀していた時です、天候が悪化して雪が激しく舞っていました。先輩も私も引き返す気持ちは毛頭なく、ひたすら登り続けました。途中でビバークした夜の事です。狭い岩棚で先輩は悪夢にうなされ、私もウトウトと夢を見ました。病の床に伏しているお母ちゃんの足を思いっきり踏ん付けたのです。

「痛いな! あんた、エエ加減にしーよ!」

一喝されて目が覚めました。悪天候もありましたがお互いの夢見が悪いとの理由を付けて撤退を決めましたが、あの時、そのまま前進していたら悲惨な結果が待っていたと分ったのは帰神してからのことでした。

或る日の事、自立して一人暮らしをしている長男が突然の帰宅です。戻るや、何も言わず、真っ先に仏壇に向かい、線香をあげて神妙な顔で手を合わせたそうです。何があったのかと不思議に思って女房が聞いたところ、長男曰く、東名高速道路をスポーツカーで飛ばしていた時、フッと睡魔に襲われ意識が遠退いた、すると、

「あんた!目を覚ましなさい!あんたが死んだら、私の息子が悲しむがな!」

白髪混じりのおばさんに起こされて、ハッと気が付けば中央分離帯が目前に迫っていたそうです。

お母ちゃんは私や孫までも見守ってくれています。

「お母ちゃん、ありがとう!」

2007年、パキスタン北部バルチスタンへ1ヶ月以上に亘り遠征する機会に恵まれました。山男でもあった親父の分骨とお母ちゃんの写真を持って登りました。そして標高5000Mを超えたあたり、カラコルムの8000M級の峰々を望む氷河丘(モレーン)にケルンを積みました。墓標には「父母、我と共に旅し、ここに眠る」と石板に記しました。パキスタン人の友人のムハマード・フィダが唱えてくれるコーランが山々に響き、辺りは荘厳な雰囲気に包まれていきました。両親は仲良く絶景の広がる世界で眠りに付いています。こんな寒い空気の希薄な所はありがた迷惑だと怒っているかも知れませんね。

私たち山に挑み続けたクライマーは壮絶な人の生死を何度も目にしてきました。人間の力なんて大自然の前では脆弱な存在でしかないと痛感させられるのです。

その最たる弱い私は周りに支えられて生きてきました、大好きだったお母ちゃんの魂にも守られて生かしてもらったようにも思えます、私もお母ちゃんの様に子供や孫達を見守る時がやがて来るだろう。

日本がん楽会の皆さんにお会いして勇気とパワーを頂き、生きるとは、人を愛するとはを考える良い機会になりました。あれこれ思いながら何十年と連れ添った老妻の姿をしげしげと眺めていましたら、怪訝そうな目で睨まれました。

お母ちゃん最後の言葉「信男、早よ、お風呂に入りよ」

風呂嫌いの私に今は女房が言っています。

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さらば我が青春のクラブ雲峰よ、永遠なれ!

「本当に長い間ありがとうございました」

 

2019年2月11日 (月)

氷ノ山流れ尾で雪上訓練

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10年振りだという超弩級寒冷渦が日本列島をスッポリと包んでいる。高層天気図を見たら高度1600mの気温-14℃帯が県北部に掛かっているようだ。

 2月9日(土)HMAの有志メンバーから、

「氷ノ山流れ尾を登るので同行お願いします」

と連絡があった。当日の天候を考えるとかなり厳しい登山が予想された。

仕事のトラブル処理で走り回って疲れてるし、早朝発は厳しいのでトっちゃんを誘って八鹿まで走り車中泊しました、我がキャンピングカー?シュラフ快適なり!

09:00と少し遅い時間に参加者7名が氷ノ山国際スキー場のパーキングに集まった。

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パトロール本部に計画書を提出して流れ尾に向います。氷ノ山山頂部は厚い雪雲の中だ。対岸の鉢伏山も間もなく雪雲に隠れ吹雪となるだろう。

スタートがかなり遅くなった。冬山初心者も居るし怪我や風邪っ気をおして参加してるメンバーも居る。この天気や足並みを考えれば猛吹雪に遭うのは分かってるし15:00には下山とした行動時間の予測が付かない。

冬山講習としては絶好の条件です。でも今日はリスクは避けよう、思い切って行動計画を切り替えた。

 「今日は頂上には行かず流れ尾の1峰辺りまで登って折り返します。ラッセルと雪面の登下降や滑落停止などの雪山基礎訓練をメインに行ないます!」

吹雪く山を眺めるメンバーの顔には納得と安堵の表情が浮かんでる

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リフト最上部から流れ尾の支尾根を目指してスタートです。この辺りは吹き溜まる場所なので積雪量の割には潜るんです。敢えてワカンを履かずに頑張ってもらいましょう。

「潜りますわ!ワカンを履きましょか?」

「履かんでエエ!そのままガンガン行け!膝で押して行け!」

ポイントとなる地点では読図を繰り返します。

「現在位置は?進行方位わ!」

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支尾根に乗りました。尻を叩いてラッセルさせて楽勝でした。

俺らもチョットくらいはラッセルしたもんね」

胆嚢摘出から復帰したトっちゃんもどうやら元気を取り戻したようで一安心しました。

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流れ尾の雪庇に着きました、大きな張り出しではありませんが一応は雪庇です。

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「弱点を崩してルートを切り開いてごらんよ」

 雪にまみれて頑張っておりました。

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月9日11:00の流れ尾1200m付近です。県境北西から強烈な風雪が吹き付けてきます。気温は-5℃だから体感温度はもっと低いね。この辺りでの雪上訓練は厳しいので1050m付近の風裏を捜す事にして下降します。

 「この吹き曝しの中で昼飯を食えと言うのは酷やしね」

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訓練に適した良い斜面があったので基礎的なアイゼンワーク、ピッケルとのコンビネーションで斜面の登下降やトラバースを何度もやってもらいます。滑落停止も怒鳴られながら繰り返してます。

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風雪も強まり14:00に練習を終えました。下降ルートはパトロール本部にリフトに沿ってスキーヤー、ボーダーの邪魔にならないラインを下降する事で事前了承してもらっておりました。

「リフトのトップまでの下りは潜るから先頭を交代しながら進みよ」

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「何んでこんな状況下でそんなにニコニコして居られるんですか?寒くない?」 

「今日はええ天気やんか、ええ風も吹いてて楽しいねん!」

「????・・・変な爺さん!」

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連休明けの12日に孫娘を連れて六甲山スノーパークに行って来ました。

昔は六甲山人口スキー場と言っていた施設ですね。

孫が「雪遊び!雪遊び!」と催促するんで出掛けました。県北部まで出掛けなくても遊べるし、でも入園料金が高い!大人2000円、子供1000円、駐車場1000円ですわ。

目を離すとソリ禁止のスキー、ボード専用ゲレンデに勝手に入ってソリで滑ってしまうし大変でしたわ。恐いもの知らずの孫相手に爺さん婆さんは振り回されてフラフラでした。

 

2019年2月 7日 (木)

兵庫県立六甲山ビジターセンター

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六甲山の記念碑台に六甲山ビジターセンターと云うのがあるのを御存知ですか?私は知りませんでした。

裏六甲ドライブウェイを上がった交差点が記念碑台なんですが、その高台に建つ立派な施設でした。

Img_0003_3Img兵庫県立六甲山ビジターセンターが正式名称です。2月2日(土)に兵庫県県民局が「冬山を学ぼう!歩こう!」と云うイベントを開催しました。そのイベントの講師に私にも声が掛かったんです。冬山講習なのに雪も氷も無くては実感が湧かないし、どうしたものかと悩んでました。

イベント前夜、サークルHMAの六甲山麓に住んでるメンバーから「六甲は真っ白で山上は10cm以上の積雪ですよ」との情報が寄せられた。

「よっしゃ!これで少しは冬山感のある講習が出来るわ!」

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有馬街道の小部峠から登りましたが森林植物園から先の道路は早朝の事でもあり全面凍結でしたね。我が愛車の軽四輪にはスタッドレスタイヤを装着したし、モードを四駆に切り替えたので問題なく快調に雪道を登ってくれます。

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記念碑台のパーキングはご覧のような状況で最高のロケーションとなってます。

久し振りに見た雪の六甲山です。

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今日の講習は初歩的な冬山登山を想定したものにしています。冬の六甲山を楽しむには何が必要なのか、基本的な事から説明していきます。

私が使っている冬山装備の全てを持ち込んで使用法なども説明しました。

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今日のイベントには30名の方が参加されています。私の受け持ち時間は短いので大変です。全ては無理なんでメインを読図としてコンパスと地形図の使い方に重きをおきました。磁北線の引き方、コンパスの基本的な使い方ですね。レイヤリングや登山中に摂る食料なども紹介しました。

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ビジターセンターからは参加の皆さんにはアイゼンを装着してもらいダイヤモンドポイントまで歩いて頂きました。その途中では自然保護委員長のアケミさん講師による植生の説明や冬芽の観察が行われていました。悲しいかな私にはその分野に関する知識はございません。登山の楽しみ方その奥深さはアケミさんの講義を見ていて理解出来ます。登山技術だけではなく学ぶ事の多さを実感させられます。 「我以外は全て師である」そんな感じやね。

ダイヤモンドポイントではコンパスと地図での実習です。クロスベアリングや山座同定です。短時間で読図技術を身に付ける事は出来ません。それは分かっていますがせめてその入口位は覚えて帰って欲しいしね。

10時に始まり15時にイベントは終了となりましたが終わってみて私はどう考えても講師を務めるような器ではないと実感した、そんな一日でしたね。

「さて、今夜は旧友達とベトナム料理で一杯やる予定やし、チャンネルを切り替えよう!」

2019年1月20日 (日)

サークルHMAの1月(そして今年は幸先良く大物も釣れた)

1月5日は急に思い立ってHMAメンバーの初登りを企画しました。

 09:00に神鉄、北神急行の谷上駅に集合です。

 「何人集まるかな?オオッ10名も来てるわ!」

 トっちゃんも参加してくれました。

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向うのは三ツ下谷です。裏六甲に有る短い谷ですが小滝が連続していて面白い場所なんです。殆んど訪れる登山者も居ない、ここも知られざる神戸の秘境?かな。

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幾つかの滝を越えました。ここは外傾した岩に落葉が堆積し濡れて滑りやすくなってます。フィックスロープが有りましたが念のため安全な地点に抜けるまでの間、ロープを張り簡易ハーネスとカラビナでバックアップセルフを取って通過しました。

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炭ヶ谷から二十渉へ抜け布引へ下り新神戸駅に到着したのは17:00を少し回った頃でした。
特記すべき事と云えば高尾山堰堤西側の斜面が大規模崩壊を起しており三笠岩周辺が様変わりしてます。聞いてはいましたがその凄まじい光景にはビックリ、恐るべし!大自然の力です。

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1月12日(土)この日は西山谷でのサークルHMA講習会です。谷を登下降してルートファインティングや支点の構築などの基礎訓練を行ないました。この日もトっちゃんが手伝ってくれたんです。本当に有難い顧問大先生ですわ。

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冬の沢筋だから水量は少ないだろうと思っていましたが入渓してみると予想外の水量です。登路も滝の一部と化していました。

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西山大滝もこの時期としては迫力ある姿を見せてくれていますね。幾度か転落死亡事故が起こっているエリアですから慎重に行動しましょう。

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このメンバーなら大丈夫なんですが念のため安全と練習の意味でフィックス工作を行ないフリクションヒッチでバックアップして大滝を越えます。皆さん、手慣れた様子でスイスイと順調に登っております。

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最後のF17で懸垂下降の練習してます。これは谷を下降する場合に出会う滝を如何に安全にクリアするか、巻道も見つからないと云う想定で立木を支点として懸垂下降するのです。滝の本流を外したライン取りですね。

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折り返して西山谷をスタート地点まで下ろうと思っていたのですが、F17での懸垂下降に時間を予想外に食ってしまいました。無理はせず山上部に抜けて寒天道を下ってゴールとしました。

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1月12日この日は私の誕生日でした。なんと阪神御影駅前の居酒屋で誕生日を参加メンバーが祝ってくれたのです。

 「本当に有難う御座いました。いつも君達から元気を貰ってます、感謝!」

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1月19日(土)には姫路別所の山神社でサークルHMAクライミング分科会がありました。参加者は総勢10名です。シホちゃんは5.11を登りイレブンクライマーの仲間入りです。私なんか5.9のリードでヒーヒー言ってました。情けない!

その前日の1月18日の夜ですが根津君に誘われて須磨千守の一文字へ上がりました。前日から体調を崩してましたし、翌日はクライミング分科会も有るしで釣りは早々に切り上げるつもりで出掛けたのです。ボチボチ納竿しようかな?と思ってた時、写真のこいつが竿を大きく曲げました。竿は骨董品の磯竿1号、道糸3号、ハリス1.5号、針はメバル10号と小物用仕掛けですから67cmのスズキが掛かったら取り込むのは厳しいね、今まで幾度もブチ切られてました。ズボラして玉も家に置いて来てるし、もう諦めようかと横を見たらタイミング良く近くに根津君が来てました。彼の玉で何とか揚げましたが針は伸びて折れる寸前、ハリスもボロボロになって簡単に手で切れました、間一髪でしたね。

その場でエラ蓋から背骨にナイフを入れ、生け締め血抜きして持帰り三枚に下ろします。捌いたら一晩冷蔵庫で寝かせ刺身、塩焼、アラ炊きと余す所なく残さず恵みに感謝して美味しく頂きました。

「それにしてもデッカイ奴やったわ、この時期でも油断は出来ん」

女房曰く、

「荒巻鮭が釣れたん?」

2019年1月 3日 (木)

荒れ果てた「須磨名水の森」

2019年元旦、明けましておめでとうございます。

元旦からトレーニングがてら歩いてきました。

須磨駅をスタートして須磨寺に初詣して離宮公園東側を北上して須磨名水の森を登り馬ノ背に抜け、横尾山、栂尾山、高倉山、旗振山を通って塩屋駅まで10km程です。

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「須磨名水の森」への入口付近です。親水公園となっていた河原は台風豪雨で西側斜面が大規模崩壊を起し土砂と倒木に埋まっていました。

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このフェンスの右側が登山道でしたが崩壊で通行不能となり左側斜面に迂回路が出来てます。

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石組み堰堤のトンネルは崩壊を免れて何とか原型を留めてました。

この奥に私が毎年の恒例としてお参りする「鎮座の滝不動尊と役行者」の祠があります。

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「鎮座の滝」から上流の左岸側トラバース地点は登山道が崩壊しており危険な状況となってます。不安定な足元が崩れたら谷底に転落してしまう、そんな危険個所が数ヶ所はある。
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それにしても倒木が凄い!谷が埋まってます。昨年の台風が如何に猛威をふるったか改めて思い知らされる。

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須磨アルプスの馬ノ背コルには虎ロープと表示で谷への道は通行止めとしてあります。水野町側の「須磨名水の森」入口も同じように通行止め立ち入り禁止となっております。

私は環境省の委嘱職員をしております。国立、国定公園の登山道を点検して回る事が主な仕事なんです。ですから昨年のような台風により起った登山道の被害の状況を自分で確認する必要があります。

この谷に入ってみましたが部分的に倒木の一部をノコギリで切り開き、迂回ルートや道標も付けて通行可能にはなっていました。きっとこの「須磨名水の森」を愛する方の尽力によるものと思われますが、現状では谷の通行には危険が伴う事をお含み置き下さいね。

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翌1月2日は根津君に誘われて須磨海岸の防波堤で初釣りです。

ゴムボートを膨らませて千守一文字に上がりました。この夜の気温は5℃でした。

釣果はご覧の通りです。20cm超えのメバルと同サイズのガシラ2匹は私が釣ったのですが、それ以外の魚はクーラーの分も含めて全て根津君が釣り上げたものです。この日は面白い程、休みなく次々と釣れるのですが私がキープサイズとしている20cmを超えないので全てリリースしました。良い型も釣れたのですが抱卵してるからこれもリリースしました。ですから二人でこの夜、釣り上げた数は優に50匹は越えてたでしょうね。正味3時間程の釣りです。

舞子から須磨をバイクで往復やし、防波堤では寒い北風に吹かれ、正月から寒中我慢大会ですわ。

年越しで財布の中や懐も寒いのに釣りして体の芯まで冷えるし、

「根津君もう帰ろうや、アカン寒い!帰って風呂に入って一杯飲むわ!」

山も一緒です、防寒対策を完璧にせんと風邪引きます。

2018年12月20日 (木)

もう年末を迎えました。

2018年も後少しですね。12月15日(土)はサークルHMAの12月例会でした。2年振りに鵯越のイヤガ谷に行ってきました。

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09:00に神鉄鵯越駅に私を含め12名のメンバーが集まりました。イヤガ谷は誰にも出会う事の無い神戸の秘境?です。この谷には巨大なアーチ型をした「帝釈堰堤」があります。それで「神戸の黒四」とも言われている?スリル満点の堰堤渡りは参加メンバーに大好評でした。

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イヤガ谷を登り途中から東尾根を目指して藪漕ぎです。しかしこのメンバーは毎回何かとやってくれます。

読図のゴールと昼飯を食べる場所は「君影ロック」と指定して地図上に「ココがゴールやで!」と示しておいたのに分岐をサッサと反対方向へ進んで行きます。

「その内、気が付いて戻って来るわ」

分岐点で私一人でノンビリと待ってました。待てど暮らせど戻って来ません。何処まで行ったら気付くのか?

安易に前進するからミスが出る。分岐では現在位置と目的地の方向を確認するよう言ったのにね。

変だな?と感じた人も居たのに皆がゾロゾロと先頭に付いて間違った方向に進んでる。

「君達、全員が道迷い遭難ですわ!」

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昼食後は君影ロックから正面の顕著な尾根をドングリ広場を目指して下降しました。当然、登山道はありません。

「コラッ、また尾根を外れてる!戻れ」

本日のゴール地点である菊水山山頂へのルートは菊水ルンゼを登りました。12名がルンゼを登る光景は壮観ですね。

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ほぼ予定の時間に菊水山頂に到着して2018年12月の例会は終了となりました。

「さよなら2018年、来年も皆さんにとって良い年でありますよう願ってます。ご苦労様でした、ありがとう」

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根津君を中心とした釣り仲間が集まって「望念会」が開かれました。集まった中で登山関係は根津君、私、そして坂本先生も参加してます。長い釣り歴をお持ちの皆さんから釣果、釣り法など面白い話で盛り上がっておりました。

「皆さんの元気の源は何んなのですか?教えて下さい」

2018年12月12日 (水)

私の方が元気を貰っている。

12月8日(土)は兵庫県山岳連盟に加盟されている山岳会の会長が一同に会して行う「加盟団体会長会」でした。

早いもので会長会も今年で第9回を迎えております。  

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兵庫県山岳連盟中西会長の開会挨拶で会議は始まりました。

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古賀理事長から日本山岳・スポーツクライミング協会及び兵庫県山岳連盟の現状と方向性が報告され、続いて私を含めた各委員会より平成30年度事業中間報告ならびに来期事業計画案などが提議されました。

加盟団体からのご意見、ご要望もお聞きしましたが各団体とも高齢化により活動も衰退化の傾向にある事が語られました。そうですよね、50年を超える歴史あるクラブ雲峰も「会長会」が始まった頃は私が代表でした。そしてナオヒデさんが続き、今年からは市っちゃんが代表としてこの座っています。

「時は待ったなし、非情に過ぎて行きます」

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会長会も終わり恒例の懇親会となりました。

これからどの様な未来が待っているんでしょうか?

兵庫県山岳連盟(神戸登山研修所)は模索の日々が続きます。

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翌9日(日)は12月サークルHMAクライミング分科会の講習会です。10名が集まって寒い中を頑張っていました。

この日も研修所は来館者で賑わっております。

「いつも登山研修所をご利用下さり有難うございます。今日一日を安全に楽しくお過ごしください」

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講習会が終わり平成最後の忘年会を開催しました。早いものですサークルHMAも来年で創立5年目を迎えます。

 多くの方々を迎え共に活動し、また多くの方をそれぞれの道へと送り出してきました。そして現在も30名を超えるメンバーが在籍されているサークルHMAです。 

私はその創立から携わってきました、 「あかん、もう疲れた、もう限界や、身が持たん」

口癖のように言っていたのを聞いた丹波のK君からキツイ一言が、

「黒田さん自身が楽しかったんと違いますか?彼らに感謝せな、HMAのお蔭で黒田さんの寿命が大分と伸びてますよ」 

そうですね、私自身がサークルメンバーに支えられて残り火を燃焼させてもらっていたんですね。どうやら感謝しなければならないのは私のようです。

15時頃から買い出しと下準備に掛かりました。

「本日のメニューはモツ鍋と四国風芋煮ですよ、ガッツリ食べてよ、飲んでよ

さすが主婦軍団ですね、量も味付けもバッチリでしたわ。

話は海へと変わります。 

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前回の爆釣に味をしめ再び北淡町の浅野(斗の内)漁港へとやってきました。長年一人で釣りをしてきた私が根津君達と一緒に釣りに出掛けるようになってもう何年目なんでしょう?今まで二人で釣り上げた魚の数は凄いでしょうね。

「釣り好きな奴を多く見て来たけど根津君は別格やね、あれは病気やで!」

この日は今季最強寒波の到来で外気は冷え込んでいます。気温は急降下しても水温が下がるまで時間が掛かるので釣果に影響ないだろう。

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淡路の西海岸は冬場には北西からの季節風をまともに受けるため釣りにならない事が多いのでこのような凪は貴重なんです。陽が西に傾き播磨灘が茜に染まるこの時間帯から釣りの開始です。

一投目から当たりが出ます。

「今日も入食いやわ!先週の倍は釣れるぞ!」

本当に次々とガシラが釣れました。しかし型が私が決めているキープサイズの20cmを下回っています。

「親を呼んで来い!」のサイズです。

釣ってはリリースを延々と続けました。

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前回は大漁だったけれどメバルが1匹しか出なかった。

今回こそはとメバル用仕掛けも新たに作りました。使用する電気ウキも僅かな当たりにも反応する様に二灯式に半田ゴテを片手に手作りした感度の良いのを用意しました。

暗闇の海中に電気浮が消えた。

「よっしゃ!来たぁ!」

25cm近くある良型のメバル君です。ガシラは根に潜み目の前に来た蟹や小魚を捕食します。メバルは夜行性で餌を求めて中層から表層まで上がって来ます。つまりガシラが釣れたらそれはメバルの居る棚より深い棚だと云う事です。私の仕掛けは上下に2本の針を付けた「二本針仕掛け」です。その二本針の幅を1mとしてますから魚の食い付きで棚が解ります。狙う魚の棚を合理的に見つける形の釣法を何十年と変わらず続けてます。

歳と共に目も疎くなりました。釣具店に行けば出来合いの仕掛けを売っていますがそれでも私は全て手作り仕掛けに拘っており使う糸も細いものを用いてます。道糸は3号、ハリスは基本的には1.2号を使ってましたが最近は1.5号をメインとしてます。糸の細い分を柔らかい竿を使いそのしなやかさで細仕掛けを補うのです。こんな仕掛けに良型の獲物が乗った時の弓なりの竿の曲りや手に伝わる感触、糸鳴り、そして今にも切れそうなスリリングな魚とのやり取りは実に面白いですね。

寒さが厳しいので護岸のテトラポットを風除けにしながらの釣りです。テトラの傾斜が急で足場が悪く闇の中で転落したら怪我だけでは済まない。そんな最悪の場所で不思議と良型が出るんです。今回もそうでした、チョコッと浮が動き、合わせると強烈な引きがありました。これは良い型のグレが掛かったとすぐに分かったのですが足場が悪くて水際の玉ですくえる所まで下降出来ませんでした。グングンと引っ張るグレを相手に糸を出したり巻いたりと暫くやり取りをして遊んでから取り込みを諦めました。

「エイッ!切ってしまえ、 危ない事は止めた!」

仕掛けを切りました。

グレ一枚に無理してテトラから落ちて怪我でもしたら笑い者になるもんね。

登山も一緒です、「安全第一」で行きましょうや!

「今日リリースした魚君、そして逃げたグレ君、大きくなってまた釣れてくれ、そして我家の食べ盛りの孫娘達の胃袋に収まってくれ!」

«12月になりましたね。

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