2017年12月 5日 (火)

重ねた悪業の報いなんでしょうか?

先月初め辺りから左下腹部や腰に鈍い痛みがあり嫌な予感を感じてました。天はなぜ私に厳しい試練を与えるのですか。確かに私は人様に褒められるような人生は送っておりません。振り返ってみれば恥じたり悔いたりの日々です、これって誰もが多かれ少なかれあるでしょ? 清廉潔白な聖人君子なんか私の周りにお目に掛かった事なんかありません。

何とこの半年の間に三大激痛の二つを体験しました。5月は狭心症の発作で胸から背中に抜ける激痛で転げ回って苦しんだ。そして11月のある日、今度は左下腹部から脇腹に強烈な痛みが走り、脂汗が滲み吐き気まで感じました。

「何でやねん!何でこんな目に遭うねん!」

ここで毎度お世話になっております元看護士の娘が登場します。

「お父さん、これは尿路結石やと思うで、そら痛いわなぁ~」

取りあえず近所の内科に行き鎮痛剤の座薬で痛みを和らげてもらいました。

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Img_0001翌日になって泌尿器科の検診を受けました。やはり大きな結石が腎臓の出口に詰まっているそうです。自然の排出は望めないので衝撃波で石を破砕すると言われました。凄い機械があるんですね、驚きました。

治療は1時間程度でした。ドンドンガンガンと衝撃は感じますが殆んど痛みはありません、私は経験無いが鞭で軽く打たれる、そんな感じだそうです。朝から行って夕方に帰る日帰り入院でしたが、果たして石は小さくなったのか排出されたのか治療から数日を経過したが石が出た感覚も無いし、妙に腰に鈍痛が残ってるし不安でした。1週間後に再診した結果は残念ながら石に亀裂は確認出来るものの排出するほどの破砕には至っていないとの事でした。

「もう一度やりましょう!」

と言うことで再びドンドンガンガンの治療を受けました。別に痛くも痒くもないので何度でもやってもらっても構いませんが治療費が問題。今回も一日入院で治療代が保険適用で60000円程掛かりました。

「これを何度も受けてたら破産するわ!」

受付で恐る恐る聴いてみました。

「大丈夫ですよ、一個の石の治療ですから次回は通常の診療費です」

再度の衝撃波治療を受けましたが果たしてこれで破砕されたのかは疑問です。まだ排出した感覚はありません、恐らく出ていないでしょうね。こうなれば何度でも壊れるまでやってもらいましょう、もうヤケクソです。聞けば10回もドンドンガンガンを受けた人もいるそうです、凄いね!

私の周囲にも石をお持ちの愛石家が多いですね。皆さん口を揃えてあの激痛を語ります。

「クロちゃんは下半身に人格が無いから悪業の報いを受けたんやわ」

「よく言うね、俺の周りに下半身の人格者なんか居らんわい!君等も報いを受けろ!」

2017年12月 2日 (土)

11月も忙しく駆け抜けました。

11月11日~12日はスポーツクライミングの公認指導員養成講習会の後期検定試験が行われました。神戸登山研修所へ出掛けます。

兵庫、京都、滋賀、鳥取、愛知、滋賀、石川と遠方からも受講生が集まってきました。

 「今年の受験生はレベルの高いメンバーが集まってるぞ!」

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座学ではクライミング基礎理論、スポーツ医学、法律、等の気が遠くなるようなカリキュラムがビッシリと組まれています。

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実技では指導力が試されています。初心者にどのように教えるかギヤーに関しても専門的な知識が求められます。またボルダー競技のルートセットやミニコンペまでもが含まれています。
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ロープの結び方、ビレイ技術も検定項目です。安全に関する事ですから厳しくチェックされています。
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指導者として課題を登れなければ生徒を教える資格はありません。10aをリードできるだけのクライミング技術が求められているのです。
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4日間の講習の最後は筆記試験と小論文です。

ここに集まった受講生は将来は各県の監督となって国体や競技の場で郷土の名誉を賭けた闘いの場で相見える事となるのです。

Pb17022111月17日(金)は今年度最終のハイキングレスキュー講習会です。負傷者のザック搬送やツェルトビバークを想定した実技が行われたのです。

レスキュー技術は普段から機会があれば訓練しておきましょう。でも実際の事故に遭遇しないことが望ましいよね。

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11月18日(土)はジュニアクライミング教室です。可愛い子供達がやって来ました。お母さん達も我が子に盛んに声援を送っています。
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11月19日(日)は神戸マラソンの沿道ボランティアです。

なぜか登山家集団の我々もボランティア要員らしいです。

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担当する地点はスタートから8KMのJR鷹取駅西側です。ここはランナーが通過すればお役御免となります。往路復路が重複する地点は長時間の立ち番ですからご遠慮させてください。
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神戸マラソンと同じこの日に近畿地区山岳連盟合同技術研修会が行われています。マラソンのボランティアもそこそこに急ぎ研修所に戻り研修会に参加しました。
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懸垂下降でロープの末端処理を怠りスッポ抜けしたのをバックアップで止める。

このトレスと云う巻き方のバックアップで止まったそうです。遅れて参加したので見ていませんでしたが止まるそうです。今度、詳しく教えてもらいます。
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支点に掛かる衝撃重量をロードセルとiパッドで計測しています。最近ではこんな近代的な器材を駆使しての講習会なんですね。驚きです。
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懸垂下降時のロープ回収で起こる途中でトラブルで回収出来なくなり登り返して行く作業を再現し検討しています。

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11月23日(祝)は六甲山全山縦走大会の定点パトロールです。クラブ雲峰は3名がボランティアに参加しています。担当するのは東六甲縦走路の笹原峠です。足場の悪い急な下りで参加者が苦労する場所で安全を確保し励ますのが仕事なんです。今年は市川、川畑、正垣の3名が出てくれました。私とトっちゃんは来年から若手にバトンタッチする事もあり引き継ぎもありサポートに付きました。

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11月26日(日)はボーイスカウト神戸第8団の子供達がやってきました。第8団は何度目かの来館ですが子供達はクライミングの楽しさを覚えたらしく嬉々として壁に取り付いておりました。

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ボーイスカウトと云えばこのお爺ちゃんの登場ですわ。元神戸第29団の隊長を務めたトっちゃんです。壁の途中で動けなくなった子供のサポートに上がったり下がったりと活躍してくれていました。

こうして多忙を極めた11月が終わりました。11月の中旬頃から左下腹辺りに嫌な痛みがあり体調も良くありませんが耐えてます。

2017年11月 9日 (木)

神戸登山研修所のヒマラヤ杉を伐採する。

来年、兵庫県山岳連盟は創立70周年を迎えます。その拠点となっている神戸登山研修所は1970年春に竣工しており、かれこれ半世紀近くの歳月を経ているのです。完成当時に植樹した木々は鬱蒼とした森となり建物本体を覆い隠す程に大きく成長し陽当たりも悪く、昼でも暗くジメジメと湿気が多く、建屋外壁にも苔やカビが発生するようになっていました。

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そこで2012年11月にクラブ雲峰の有志が集まって敷地内の樹木剪定作業を行なったのです。

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チェンソー、ノコギリを持ち込み逧田、中西、藤本、黒田の4名がヒマラヤ杉に登りました。

剪定作業から5年が過ぎ、ヒマラヤ杉は作業時に枝を払い過ぎたのか剪定の失敗なのか徐々に樹勢が弱り、立ち枯れの状況となっていました。
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朽ちた樹皮がボロボロと剥がれ落ちたり強風でも吹けば倒れる危険性が大きくなってきました。緊急を要する事態となったのです。

 枝打ちだけなら我々に出来る作業ですがこれだけ大きな樹木を伐採するともなれば素人ではリスクが大きいと感じていました。業者に依頼するとなれば相当な出費となるだろう。

 身近にプロフェッショナルが居る事に気が付きました。

 「そうや!王子クライミングチームの長谷川君に頼んでみよう!」

 彼はプロ中のプロ、造園業を営んでいて樹木医でもある。駄目元で頼んでみたら二つ返事で快くこの伐採作業を引き受けてくれたのです。

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枯木の最上部まで朽ちた枝に注意を払いながら登り、方向や木の状態を確認しながら切り落としていきます。見ていると流石にこれがプロの仕事だと感心してしまいました。
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「黒田さん、もう後は一気に倒しましょか!」

 倒す方向を定めた長谷川君はその方向にV型に切れ目を入れました。

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倒す反対側にも切れ目を入れ、2本のクサビを慎重に打ち込んでいます。ミシミシと軋んだヒマラヤ杉は寸分の狂いなく決めた方向に倒されました。

 「お見事、GOOD JOB PERFECT!]

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神戸登山研修所と共に大震災を耐え半世紀を生きたヒマラヤ杉はその命を終えました。言ってみれば私の独断と判断で切り倒したようなものです。何か切なくて可哀想な事をしたと自責の念に駆られてしまいました。

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伐採に立ち会ってくれたカズオさんやアケミさんに、

「このヒマラヤ杉が生きてきた証に丸太でベンチを作ろかと思うんやけど?」

賛成してくれました。

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これがベンチとして再生したヒマラヤ杉です。「ハセガワベンチ」と呼ばれております。

ヒマラヤ杉の資材はまだまだ有ります。これから時間を掛けてコツコツと細工を施し再生させますね。

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長谷川君は桜の古木の剪定もしてくれました。朽ちた本体から芽生えた若木を生かすため傷んだ部分を大幅に切り落とし、薬剤を塗布しています。これで来春も見事な花を咲かせて我々の目を楽しませてくれるでしょう。

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こうして陽光をタップリと受ける明るい玄関となりました。マットも人工芝とナオミちゃんから寄贈されたマットに替えてイメージを一新させています。

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全く目立たなかった銘板文字も塗り替えました。マスコットの蜘蛛も張り付きました。神戸登山研修所は皆さんのご協力を頂きコツコツとメンテナンスを続けております。

 台風21号で吹き飛んだピラミッドウォールのシート張り替え復旧作業にもクラブ雲峰から市川、山下、大谷、正垣、副島、川畑、吉岡君達を含め11名もの仲間が集まってくれました。神戸登山研修所に成り代わりまして厚く御礼申し上げます。

 「本当に御苦労様でした。有難う御座いました」

2017年10月25日 (水)

早くも10月です(岳連イベントや海神社の祭りも)

2017年も早いもので10月になりました。9月~10月も岳連関連の行事が続いています。それにしても秋雨前線の停滞で雨がよく降ります。10月7日開催の少年団六甲ミニ縦走は10月14日に順延されましたがこの日も雨で結局は今年度の開催は中止となりました。

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10月9日(体育の日)はスポーツフェスティバルです。神戸登山研修所にはクライミングを体験したいと事前に申し込まれた親子がやってきました。神戸市の主催する事業に我々が協力しているイベントで人気が高いと聞いています。
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ジュニアクライミング講習会も同じなのですが子供は本能的に上には何とか登って行きます。しかし途中で足を止めて下を見た途端、完全フリーズです。呼べど叫べど反応はありません。固まってしまい動きません。それに備えてベテランスタッフが中間地点や上部にスタンバイしていて小脇に抱えたりブラ下げたりして下降補助します。

「神戸市さん、この苦労を解って下さいよ、登山技術を持つ多くのボランティアスタッフの協力が必要ですし大変なんだから!」

リスクの大きなイベントですから無事に終わればドッと疲れがでます。

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10月10日~12日は垂水海神社の秋祭りです。私が育った頃の神戸市垂水区の西垂水地区は漁業と農業が中心の自然豊かな田舎町でした。白砂青松の海岸は埋め立てられショッピングモールとなり緑の田園や里山は宅地と様変わりしてしまいました。

しかし秋祭りは昔と変わらず地元が盛り上がる一大イベントです。見ものは海神社への宮入を終えた布団太鼓の練り合わせです。奥から高丸北、西垂水、塩屋、東垂水と並んでいます。ズッシリと掛かる半端ない重量に耐え、担ぎ、揺らし、差し上げを数十分間繰り返す、見ているだけでも気分が高揚しますね。

「もう一度、担いでみたい!」

老いた垂水ッ子の果て無き夢です。

ここ数年の間、仕事や岳連事業で祭りに参加していませんでした。久し振りに孫娘を肩に乗せて見に出掛けたのです。

私の身内はこの祭りに代々関わっています。西垂水は古くは明石郡垂水郷西垂水村と呼ばれていました。この地に何代にも亘って漁業と農業の暮らしを続けていた私の母方実家です。祭りには叔父、従兄弟、そして我が家も長男と父子で参加していましたね。今年も従兄弟達の元気な姿が見えます。

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近郷5ヶ村が持ち回りで海神社ご神体を神輿に移し巡行する担き番が我が村?に巡ってきました。

垂水の秋祭りとは

西垂水!紺の法被が風を切る!(垂水海神社秋祭り2013)←クリック

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今年の御座船には従兄弟達が乗り込み神輿のお供で垂水漁港を海上渡御に出て行きました。

「さて、私はこれから登山研修所の仕事に出掛けます。来年も楽しいお祭りを見せて下さいね」

10月21日(土)は兵庫県山岳連盟主催の毎年恒例となっている講演会です。

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今年の講演を快くお引き受け下さったのは写真家でもありライターでもある大竹英洋氏です。
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最近、出版された「そしてぼくは旅に出た」です。

各書店にも並んでいます。

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台風21号の接近でこの日は朝から強い雨が降っていました。それでも多くの方々が来られ大竹氏の貴重なスライドとトークを楽しまれていました。
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講演が終わり協賛下さった企業からの景品が当たる抽選会が行われました。箱に入った半券を引くのはSTちゃんです。私は彼女に言っておいたのです。

「当たり籤は不思議と引く係に当るんやで!」

その通りでした。好日山荘提供の高価なダブルストックをSTちゃんは引き当てたのです。

STちゃんは何と当ったそのストックを兵庫県山岳連盟技術遭対委員会へ寄贈してくれました。

ハイキングレスキューの講習会で使うストックが研修所には無かったのです。

有難うございました。大切に有効活用しますね。

「STちゃんは心優しい、ほんまに女神さんや!」

決して貰ったから言ってるんじゃありませんよ。


2017年10月 4日 (水)

たまにはノンビリ歩こうよ

9月24日(日)はサークルHMAの9月例会です。

 兵庫県山岳連盟が植林し管理する「岳連の森」というのが住吉川左岸の十文字山付近にあります。サークルHMAは兵庫県山岳連盟が主催する事業でありメンバーは連盟の登録会員でもあります。メンバーに「岳連の森」を知ってもらおうとの思いから9月例会は企画されました。斯く言う私も「岳連の森」を詳しく知っている訳ではありません。

良い機会なのでトっちゃんにも連絡して、

 「たまにはノンビリと歩こうや、岳連の森って知らんやろ?」

 と声を掛けました。

09:00阪急芦屋川駅前に10名が集まりました。ここで本日のルートを説明し地図を配布しました。

いつものパターンです。

「俺は道を知らんからゴールまで連れて行ってよ」

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高座ノ滝手前から尾根に上がり荒地山へ、岩梯子の手前を下降してブラックフェースの基部に向います。ここでスリングを使った簡易チェストハーネスを作りフィックス工作をしながらフェースを登りました。

「今日はノンビリとハイキングやと思ってたのにクライミングもあるんですか?」

ハイキングと云えども補助ロープ、120cmスリング、カラビナは持参しています。手持ちの装備を使って難所を突破する方法を学びます。

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ボルダーエリアを抜けて荒地山山頂へ、そこから雨ヶ峠への道に出て芦屋カントリー手前を西へ折れ、黒五谷に沿って歩き打越峠に向いました。

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打越峠から少し八幡谷方向へ下り、森林管理道を辿ったのですが、これがアホ程長い道です。打越山の南面を等高線に沿ってクネクネと変化の乏しい道が続いておりました。

「ノンビリハイクも良いけど、こうも長いとウンザリやね」

茂みを抜けると突然、フェンスのある私有地のような場所に出ました。その先の小高い丘陵地が「岳連の森」でした。下草が刈られ明るい広場のようです。車道を下り豪邸の並ぶ住宅街を抜けて御影に下りました。

「喉がカラカラやぁ~、ビール飲みに行くで!」

2017年9月 5日 (火)

悲しんでいては前に進めん。

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今年も恒例事業である兵庫県山岳連盟主催のクライミング講習会が7月11日より始まり、4回のピラミッドウォールでの講習を経て8月27日(日)六甲保塁岩での外岩講習の日を迎えた。今年の受講生は19名でした。そして今日の外岩講習には13名の方々が参加されています。スタッフを入れると20名の大部隊となりました。

昨日は芳之君の葬儀告別式やったし、その帰りにサークルHMAの運営会議に顔を出してから自宅に戻りましたが気が抜けてしまって何もする気が起きませんでした。しかし、この講習会は私も参画している仕事?ですから気持ちを切り替えて六甲山への向いました。悲しんで落ち込んでる姿を芳之君が見たら「何してんねん」と怒るでしょう。

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真夏の炎天下でのクライミングは厳しいものがあります。ここ保塁岩は六甲山上と云う立地からその点では比較的涼しくてこの時期は多くのクライマーが訪れます。我々総勢20名がルートを講習会の為に独占する事は許されません。それが気掛かりだったのですが幸いなことに知り合いのパーティーが大半で快くルートを空けて頂き協力してくれたのです。有難う御座いました。

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「電光クラック」「中央クラック」をデモクライミングする西村、大谷の講師陣です。

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講師達の動きを熱心に眺める講習生の面々です。この後、全員が果敢に壁に挑んで行きます。2ルートは厳しいルート設定なんですが皆さん頑張っていました。朝9時に始まった講習会は夕方4時まで続いたのです。

今年も無事にクライミング講習会を終える事が出来ました。やれやれホッとしました。

「お疲れ様でした。来週はセルフレスキュー講習会です。 忙しいね」

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先週はクライミング講習会の最終日でした。9月3日(日)は技術遭難対策委員会によるセルフレスキュー講習会が神戸登山研修所で開催されました。サークルHMAから参加した6名は岩場での事故を想定した救助技術を真剣な眼差しで受講しています。

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リードしていたパートナーが墜落した。確保はしたものの負傷して身動きが取れない。ビレヤーは握るロープに荷重が掛かって手を離す事も出来ない危機的状況となった。ここからビレイヤーが要救助者の元に向うため負荷を外す自己脱出操作を行う一連の作業がビシビシと教え込まれます。

「こんな事も出来へんのか!何処のクラブや!サークルHMA?代表は誰やねん?」

本日の講師陣は厳しいですね。一本松遭対委員長、西村指導委員長、市川遭対委員が指導にあたっております。市川講師が本日の要救助者役です。説明が続いている長い間もブラ下がったままですから疲れるでしょうね。

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今年度から兵庫県山岳連盟の理事に就任した市川君は技術遭対委員として多くの事業を手掛けています。9月9日(土)にはサークルHMAのメンバーを対象にした読図基礎講座の講師もお願いしております。

「兵岳連も大谷、市川達の次世代メンバーが背負ってくれるでしょう。老兵が消え去る日も近いね」

2017年9月 1日 (金)

前田芳之君を偲ぶ

長年の友であり自然界との接し方を教えてくれた師でもあった前田芳之君が逝った。行年71歳でした。過ぎし日、彼と共に奄美の自然に触れた、その思い出を記して芳之君を偲びたいと思う。

彼ほど豪放磊落な男に出会った事がなかった。芳之君と話していると自分自身がチッポケな人間に思えてしまう。

大阪出身の彼は若くして生活拠点を鹿児島県の奄美大島に移し「芳華園」と云う農園を構え奄美の大自然と向き合った。 

私とは同じ山男でもあり妙に気が合い同年代と云う事で「クロちゃん、ヨシユキ君」と呼び合うようになった。芳之君との付き合いも考えれば何十年にもなる。芳之君は子供の頃は昆虫少年、大学は理学部に進み理学博士でもある。甲虫の研究者として、また樹木医としても名声は高く、その足跡は遠く南米パラグアイにまで及んでいる。パラグアイのジャングルには毎年のように出掛けては甲虫や植物の新種を探していた。

帰国すると、 

「クロちゃん、またやられたわ!」

腕の皮膚に卵を産み付けられて皮下で幼虫が孵りモゾモゾと動きます。

「またナイフでほじくって取り出すわ」

何度か一緒にパラグアイへ行こうと誘われましたが話を聞いただけでお断りしましたね。

「クロちゃん、アスンシオンの女の子はスタイル抜群で綺麗やでえ!」

私の心が少し揺らぎました。

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芳之君の自然科学に対する知識と動植物に注ぐ愛情は並外れていました。鹿児島県の自然保護委員で環境省希少野生動物種保存推進委員でもある彼を師と仰ぐファンも多く居るのです。鹿児島大学や九州大学とも協同研究をしていたようです。頭デッカチで学究肌のガチガチの学者とは程遠い酒とパイプ煙草を愛する何処にでも居そうな田舎のオッチャンでしたね。 

私が環境省の自然公園指導員になった時も

「クロちゃん、これからは動植物の勉強もシッカリとやれよ」

尻を叩かれました。

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奄美大島の瀬戸内町に彼の農園はある。蘇鉄や南洋植物を栽培しており、その多くは海外に輸出されています。

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何年も前に訪れた奄美本島の南にある加計呂麻島の海岸です。芳之君と二人で断崖に自生する蘇鉄の古木調査に出掛けたのです。

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この時、神戸から登攀道具をゴッソリと持参して調査に向いました。海岸線から壁を登って行くのですが岩が脆くて危険なクライミングでした。それに奄美の夏は半端な暑さじゃありません。お互いクライマーですから結局はこの壁を登り調査は完了させました。

「加計呂麻島と徳之島の間に海上にそそり立つ岩峰があるねん、そのテッペンにも大きな蘇鉄が自生してるんや、船から取り付いて登ろうや」

この計画は実現せずそのままです。

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金作原という奄美の原生林へ入りました。沖縄本島で絶滅した「リュウキュウ鮎」が奄美に多く生息しているというのです。天然記念物の絶滅危惧種「黒ウサギ」の形跡も探してます。これも沖縄北部にしか生息しない天然記念物である日本最大の甲虫「ヤンバルテナガコガネ」も奄美で確認したと言うのです。本当に奄美は手付かずの自然が残るパラダイスでした。

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原生林はジュラシックパークの世界です。巨大なシダ(ヒカゲへゴ)が生茂っています。今にも恐竜が出てきそうな雰囲気でした。

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「リュウキュウ鮎」が群れている清流です。私の知る内地の鮎よりかなり小型で言われなければ鮎と云うよりハエにしか思えませんでした。今では奄美の「リュウキュウ鮎」は沖縄本島の河川に放流され、その個体数も増加傾向にあると聞いた。

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これは金作原の帰りに捕獲したハブです。こいつは本当に大きい奴でした。

芳之君と私の間に飛び出したんです。私が棒切れで押さえ芳之君が手際良く袋に入れます。凄い力で抵抗しましたね。

「噛まれたらどうしよう?」

「大丈夫や、噛まれたらポイズンリムーバーがあるから傷口を剃刀で切ってから毒を吸い出したる!」

何とも凄い話です。

このハブ君は古仁屋にある東京大学医科学研究所(奄美病害動物研究施設)の服部先生に渡しました。蛇毒血清に役立ててもらいましょう。

ハブは鼻の先端にあるセンサーで熱を感知して攻撃するそうです。服部先生が捕獲棒の先端を軽くライターで焙り、ハブの鼻先に近づけると熱に反応して飛び掛かりました。

「きっと、こいつは芳之君が咥えてたパイプの熱に反応して飛び出したんやわ」

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奄美本島と加計呂麻島間には大島海峡があります。入り組んだリアス式海岸と珊瑚礁が広がっています。山から戻り今度はダイビングです。色とりどりの珊瑚、熱帯魚、大きなシャコ貝、夜光貝、奄美の海も素晴らしい。芳之君はこの海で巨大なクエを餌付けしてると言う、人馴れして寄ってくるそうだ。

困るのは海蛇の多さです。人を恐れず直進して来るのでこちらが避けてやるんです。

「クロちゃん、そいつの毒はコブラより強いぞ!」

芳之君は笑いながら脅かすのです。

確かに猛毒ですが口も小さく、刺激しない限りは大丈夫。

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この海の透明度の高さには驚きました。体が空中に浮かんでいるような不思議な浮遊感には感動しますね。

芳之君と過ごした奄美での数日を私は生涯忘れることはないだろう。

彼と一緒に行こうと約束していた東シナ海の人口浮き漁礁での磯マグロ釣り、南アフリカに広大な農場を所有する農場主に誘われたバッファローを狩るビッグハンティングもあったよな。俺を残して自分だけ夢の世界へ旅立ってしまいましたね。本当に寂しいです。悔しいです。

まだまだ教えて欲しい事が山ほど有ったのに、私の人生観に大きな影響を与えた芳之君、自分自身が納得出来る生き様、何を求めるのか、何を目指すのか、彼に背中を押され、励まされ、私なりに進む方向を見い出してきた。

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今富君とこの夏には奄美へ行って黒糖酒を酌み交わそうと約束していたのに、それも叶わず芳之君は旅立ってしまった。

芳之君の残した功績は本当に大きい。奄美の動植物を守り、そして育て、自然と人間はどう共存するべきかを提議してきたね。

弔文で述べられていた、

「奄美の動植物に代わって代筆します。私達は貴男に感謝しています。私達を守ってくれて本当に有難う」

心に滲みました。

芳之君、君の人生は最高でしたよ。自らが目指した道を歩き通した、納得の一生です。そう思いたい。

「さようなら、我が友、お疲れ様でした、私も感謝しています」

2017年8月10日 (木)

古希コンビで挑んだ最後の剣岳(2017夏)

2017年5月7日、悪夢のようでした。攣縮性狭心症に倒れ緊急入退院してから早いもので3ヶ月が過ぎた。

古希を過ぎ、齢を重ね71歳となった。考えてみると若い頃からの不摂生、不健康を絵に描いたような生活を送ってきたのですから心臓が悲鳴を上げても不思議ではなく当然の結果だったんでしょう。

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病を得て登山人生最後のチャンスでもあった来年のヒマラヤ遠征も参加出来なくなり高嶺の夢は遙か彼方に消え去った。私の登山人生もどうやらこの辺りが引退する潮時なんだろうと考える事が多くなった。 

さて、そうなると何か自分自身に納得がいくベストな終止符の打ち方とは何だろう? 山の終活を始めようか。

高校2年生(17歳)の夏から一緒に登山を始め50年を超える付き合いのトっちゃんに相談してみた。 

「今まで登って来た山々へ挨拶しに行ったらエエやんか、まずは剣岳やなァ、俺が付き合ったる」

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こうして「さよなら行脚登山」の第一章である剣岳計画が始まった。

入山を8月初旬とし、仕事の合間を縫って歩荷、クライミングとトレーニングを続けた。体調も良く、あの5月以来発作も起こらず心臓君は元気?に働いているようだ。

「よっしゃ!これなら行ける!」

そして計画とは、

(1日目) 

室堂~剣御前~剣沢

(2日目) 

剣沢~長次郎谷~6峰Cフェース剣稜会ルート~八ツ峰上半部縦走

(3日目) 

八ツ峰上部~池ノ谷乗越~北方稜線~剣岳山頂~別山尾根下降~平蔵ノコル

(4日目) 

平蔵のコル~室堂

としたのです。

ロープはシングル50m、クイックドローは各自4、スリングはカラビナをセットし多めに持参、捨てカラビナも数枚を用意した。今山行ではテントは持参せずツエルトを使用する。超軽量の2人用を今回に合わせて購入したのですが少し狭いので重たいが長年に亘り愛用してきた相棒のような古いツエルトを使います。全てを背負っての行動ですから少しでも重量を軽減したいのですが、日程との関係で食料は増えるし、夏場でもあり多くの水も必要となります。ザックの総重量は16kgを越えていました。これも想定内です。

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今回もフライはトっちゃん特製の厚手のゴミ袋フライです。これは北鎌尾根でも威力を発揮した優れ物です。

8月4日、同じ日に本峰南壁A2登攀に向うケンちゃん、ナオミちゃんに出会いましたがお若い二人には雷鳥坂で軽く抜き去られてしまいました。

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8月5日AM03:00剣沢をスタートする。長次郎の登りでは激しい動悸と息切れで何度も立ち止まってしまう。

「心臓がパンクしそうや!こんな苦しいのは初めてですわ!病気の後遺症かなぁ~」

本当に苦しかった。思わずザックのポケットに入れたニトロに手が伸びそうでしたね。

大半が雪に埋もれた熊の岩には3張りのテントが見えます。八ツ峰6峰が眼前に近づいた。ガレ場は完全に雪に隠れています。剣沢の富山県警山岳警備隊で得た情報通り6峰岩壁取り付き部は大きくシュルンドが口を開けていました。

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スタートはまるで井戸の底から登り出す感じです。滴り落ちる冷たい融水と冷気で寒くて堪りません。このCフェース登攀で最大の難関はシュルンドからの抜け出しでした。とにかく狭くて大きなザックを背負っての通過には一苦労です。下手に滑り落ちれば隙間にガッチリと挟まってしまい脱出不能となります。

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(これは2013年本峰南壁A2を登攀した時のシュルンド状況です。キノコを切って下降しました)

本当に良く似た状況ですが、今回の方が苦労しましたね。

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Cフェースは別段取り立てて言うほどの難しいルートではありません。但し、今回はズッシリと肩に食い込む重いザックを背に登るので、一歩上がるのにヨイショ、ヨイショと思わず掛け声が口を突きます。

「ザックで振られるし、ロープも重いから短くピッチを切るわな」

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Cフェース名物のレイバックリッヂに向ってロープを伸ばすトっちゃんです。

誰も居ないCフェース、快適な登攀が続きます。ザックの重さも忘れて楽しんでしまったオジン二人。

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Cフェースの登攀を終え八ツ峰上半部の縦走になりました。問題は各自2リットル背負っていた水が底を突きそうな事です。池ノ谷乗越まで行けば残雪で水は確保出来ます。ぼちぼち今日の疲れが出てきました。残雪を求めて8峰への稜線を外れ7峰を懸垂下降し三ノ窓側を巻くルートに下りた。今年は三ノ窓側のガリーに残雪は必ず残っていると2人とも妙に共通した確信があったのです。
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「ホラ!雪が残ってるわ、思った通りやで!」

やはり狙い通り雪は残っておりました。

「かなり汚れた雪やけど飲めるかなぁ~?」

「大丈夫やて、高ちゃんに言われるぞ、ゴミは歯で濾して飲め、濁りは胃袋で濾せとね」

台湾の雪山南壁で飲んだ溜り水、泥水やインダス源流の氷河で飲んだ灰色に濁った水に比べたら綺麗なもんです、そう思いましょう。

「俺なんか泥水を啜るような暮らしやから平気やわい!」

奥にチンネの左稜線が見えています。

トっちゃんが言う、

「左稜線は長かったなぁ~、あの帰りには完全にバテたもんなぁ」

トラウマになる程、扱かれたようだ。

時間的には余裕はありましたが残雪も見つけた事だし少し早いが行動を切りました。上部から落石の来ない場所を選んで腰を下ろしました。足元は三ノ窓雪渓まで切れ落ちているし二人並んで横になって寝る幅もありません、座っているだけです。夜半から激しい雨に見舞われたがツエルトと特製フライを被り、何度もズリ落ちそうになりながら一晩耐えました。

「こんな事して楽しいか?どうよビバーク魔の高ちゃん」

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明け方に雨は小康状態となった。大急ぎで装備を整えと云っても靴もギヤーもヘルメットも装着したままですからビスケット類を泥水と一緒に胃袋に流し込み、これで朝食は終わり、速やかにBPをスタートします。寝不足の身体に気合いを入れて、

「さぁ、今日も一日頑張りましょう!行くでぇ~」

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クレオパトラニードルをバックに三ノ窓の頭を巻くように左上方へ3ピッチで八ツ峰の頭に抜けた。幻想的なムードを漂わせる八ツ峰上部でした。


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越えてきた八ツ峰上部です。濃いガスが早朝から山肌を這い上がってくる。

どうやら台風5号が怪しげな動きをしているようです。

今日も一日中悪天候の中での行動となりそうだ。

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八ツ峰の頭からの池ノ谷ガリーに懸垂下降です。池ノ谷乗越まで昨日中には登る予定だったのです。

行程が半日程遅れています。

「天気も悪いし、この歳やから、まぁ良しとしましょうや!」

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小雨とガスの中、北方稜線を辿ります。予想していたよりルートは荒れています。ガレとガサガサの浮石だらけ、長次郎ノ頭も巻き道は崩れていて通行不能。稜線に上がり頭からコルへ懸垂下降するルートを選択します。支点の角度が悪いのでスリングを追加セットしボナッティーのビナを記念?に残しました。北方稜線ではここまでに2ヶ所ロープを出しました。雨中で滑る岩と重荷でバランスを崩しそうになりますから安全第一、面倒でもスタカットで悪場は通過しました。
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剣岳頂上部は全く見えません。雨に打たれながら剣本峰の急峻な岩場を只管に登ります。

「トっちゃん、高度計を見てくれるか?」

「今は2960mを表示してるで」

傾斜が落ち少し進むとガスの中からヒョッコリと山頂の祠が姿を現した。登山者の姿は全くありません。風はピタリと止まり妙に静まりかえった剣岳山頂。爺さん二人だけの2999m。

「トっちゃん、付き合ってくれて有難う!友情に感謝してます」

雨に濡れた私の顔は泣き笑いしているように見えたでしょうね。

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再び強さを増した風雨の中、剣岳山頂に別れを告げます。顧みれば20代から四季を問わず幾度も訪れた剣岳山頂(2999m)です。感慨を込めてもう二度と訪れる事は無いであろう山頂の三等三角点にそっと手を当てた。

「剣岳さん、長い間、楽しませて頂き、また鍛えてもらい感謝しております。私は山の世界から引退していきますが、これからはどうか私の後輩達を宜しくお導き下さいますようお願い致します。本当に、本当に有難うございました」

少し下った所で今一度、山頂部を振り返った。

真っ白なガスのカーテンにその姿は覆われ何も見えなくなっていました。

(後記)

神戸を出る時、台風5号は九州南部方向へ向かっていた。北陸方面が進路予報円に入ってくるのはまだ先だと読んだのですが、甘かったです。下山(8月7日)は大荒れ、雷鳥沢から室堂ターミナル間は凄い嵐でした。下山して神戸に帰るにも苦労しました。北陸自動車道は武生から名神方面が通行止め、8号線も駄目、舞鶴若狭道も敦賀から通行止めです。仕方なく27号線をトコトコと走り、舞鶴赤レンガ館で「海軍カレー」を喰って、ヤットコサ神戸に帰る事ができました。帰った日は登山研修所でクライミング講習会があります。帰宅し本業の仕事を済ませて参加しましたが正直なところ疲れ果てており、欠席したかったのが本音です。

もう一つ、

今回の山行用にファイブテンのイグサムガイドを購入しました。これが素晴らしいグリップ力を発揮しました。流石にステルスC4ラバーの威力は凄い、濡れた岩をものともしないのです。しかし、北方稜線の鋭いガレガレでサイドのゴムカバー部分が両足とも無残に切り裂かれておりました。雨具は穴だらけ、エアーマットもパンクです。トホホ…

2017年7月14日 (金)

懐かしい友と再会する

懐かしい友が神戸にやって来た。10年振りの再会となったMR.FIDA MUHAMMADです。彼と私は不思議な縁があり10年前の「JOINT9 GHANDOGHORO PASS 2007」を共にする事になったんです。

 彼は言いましたね、

 「JOINT9はクロダさんが命名したの? 良い名前だねぇ~」

もそう思う

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彼は清瀬夫妻とも親交が深いんです。清瀬先輩やフィダさんが我家に寄った時、ベランダから海を眺め、

「GOOD VIEW!」

を連発したんです。

それからです、清瀬先輩の

「舞子で家を探してくれ!」

から始まり、現在は我家の近くに住んでおられますわ。

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実業家でもあるフィダさんがが母国パキスタンに「K2 INTERNATIONAL]と言う会社を立ち上げたのです。中古の日本車を世界に輸出する仕事をしている彼は初来日当時、私の友人が営む自動車関係の貿易会社で事業のノウハウを学んだそうだ。その彼が立ち上げた「K2 INTERNATIONAL」のツーリスト部門第一号の客が我々であったと云うことです。

友人の言う、

「黒ちゃん、フィダは良い奴で信頼できる男やで、任せて大丈夫や!」 

この一言と彼の存在が遠征計画推進の原動力となったんです。

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清瀬先輩と踊るフィダさんです。2007年ですから清瀬先輩が70歳でフィダさんは40歳ですね。この遠征は隊員スタッフにポーターを含めると数十人となる大部隊だったのです。近隣の村やフィダの故郷マチュルーからもポーターは集められました。私達の道楽?にこんな大勢がサポートしてくれる、これこそが贅沢の極みだと心から思った。

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MR.FIDAの来神を知って「JOINT9 GHANDOGHORO PASS 2007」のメンバーが集まってきました。日本山岳会の宗實さん、長田さん、久保さん、廣田さん、六魔会の安田さん、田中さん、岡村さん、そして清瀬先輩と私の9名と奥方様も来られました。北野町にあるパキスタン料理の店「All’s Halal KItchen」で会食となりました。

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敬虔なモスリムであるMR.FIDAは毎日5回の礼拝を欠かさない。彼は言う、礼拝では、まず世の中の安寧を祈り、自分の事は最後にすると、8回深く頭を下げるのは心臓から頭に血が巡り健康にも良いんだと、礼拝前に手を洗い、口を漱ぐ事も、「私はこれで病気しないよ」理に適ってるのかな。ラマダンは貧者と気持ちを一にする意味合いがあるんだって、信仰とは凄いね。

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バルチスタンにある谷間の村マチュルーが彼の実家です。彼の家で郷土料理を御馳走になり歓待されたことを思い出した。この息子さんも大きく育ったとフィダは目を細めて語った。彼の奥さんも2人居るまでは確認している、以前、子供の数を聞いた時、回答が返って来るまで時間が掛かった。彼は現在、南米チリのプンタアレナスに拠点を構えビジネスに勤しんでいる。

「今度はチリかいな?また嫁さんが増えたやろが?」

彼は笑ってましたね。

「俺なんか一人の嫁でヒーヒー言わされてるんやぞ!」

2007年バルトロ氷河のモレーンにケルンを積み山を愛した親父を分骨してお袋の写真と一緒に納めた。墓碑には「父母、我と旅しここに眠る」と記した。あの時、フィダが唱えてくれるコーランが氷河に響いた。あの荘厳な光景を私は生涯忘れない。

我家の長男坊に言われた、

「お父さんもお爺ちゃんと同じ場所に分骨したりたいけどパキスタンは遠すぎるわ、六甲山で我慢してな」

今一度、行けるものなら残した宿題を果たしにバルチスタンに行きたいと思う。

今月のHMAは小田原川でした。

7月9日(日)はサークルHMAの7月例会でした。向う先は久し振りの小田原川本谷です。

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08:00峰山高原リラクシアに総勢14名が集合した。この日は降水確率が高く、天気は崩れ雨になると予想された。アプローチを考えました。遡行を終え、谷で濡れ雨に濡れながら疲れた足で悪路を下山するより、まず先に登山道を下降して入渓点に向う方が安全だと判断し黒岩の滝パーキングエリアから学習登山道を辿って下りることにしました。

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1時間弱のアプローチで火照った体を流れに浸しクールダウンします。

「気持ち良いね、夏は沢登りが一番ですね」

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いつも登る滝ですが今日は水流が激しいですね。メガネがスッ飛ばされそうになったので私は巻きました。

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長雨の影響なのか峰山高原スノーパーク整備工事の余波なのか水は清流とは言えない状況です。

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二条の滝です。減水すれば左側の滝だけになります。この辺りからメンバーは流れを外して登っていくようになりましたね。日差しもないし数時間の沢登りで水の冷たさがボディーブローのように効いてきたようですね。

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この滝辺りから空の暗さが濃くなってきました。どうやら雨が落ちてくるのも時間の問題です。
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黒岩の滝に到着です。やはり思った通り雷鳴が轟き大粒の雨が降り始めました。右岸も考えましたが大人数なので左岸にフィックスロープをセットし、各自がセルフを取って黒岩の滝は越えました。

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14:30に終了点である取水堰堤に到着です。5時間の沢登りでした。今日のサークルHMA例会には兵庫県山岳連盟播磨支部の西本理事(姫路岳友同人会)が強力なサポート講師として参加してくれていました。本当に有難う御座いました。お疲れ様でした。

リラクシアの温泉施設に寄るメンバーと別れ、私は雨と霧の山道を下ります。

「家に帰ってから風呂に入ってビールにしよう!」




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